2016年8月25日木曜日

18年ぶりに引っ越した件の覚え書き


18年ぶりに自宅の引っ越しをしました。文京区から新宿区へ。賃貸から賃貸へ。引っ越しの理由は色々とあるのですが、「いい物件に巡りあえた」というのが一番ですね。

文京区の家も気に入っていたんですが、20年近く住んでいるとさすがにあちこちボロくなってくる。しかし、賃貸なので抜本的な修繕のしようがないというジレンマがありました。

大家さんに引っ越しの挨拶に行ったら、思いがけず1枚の写真をもらいました。大家さん宅から見える風景の写真です。雪の日の朝です。丹下健三のカテドラル教会がそびえ立ってます。手前の寺は、桂林寺という禅寺です。それにしても、ウチは2階、大家さんは4階。見える景色が全然違うでやんのw


さて今回、実に久しぶりの引っ越しだったので、いろいろ勝手が分からなくて少し大変でした。次にまた引っ越しする時に備えて、覚え書きを残しておこうと思います。

・引っ越し一括見積のサービスは使わない
引っ越し業者を選定するにあたり、最近引っ越しをした何人かの知人にヒアリングしたんですが、結果、多数がオススメしてくれたアート引越センターに決め撃ちしました。ネットで料金一斉比較をやっちゃうと、電話がかかりまくって大変なことになると脅かされていたのもあります。中古車の一括査定と一緒だね。なので、一社だけ見積に来てもらい、その場で「競合させるの面倒だから、いまここでラストプライスを言ってくれ」という作戦。

・周辺タスクは、引っ越し屋が全部握ってる
引っ越し業者は、トータルでソリューションするノウハウがあります。今回も、引っ越し作業に加えて、冷蔵庫や書棚など大型家具の廃棄、他人にゆずる家具の配送、インターネット回線の乗り換えなど、引っ越しに付随する色んなタスクを代行してくれる業者をそれぞれ紹介してもらいました。もちろん、業者を使わず自分でやれば余計なコストはかからないのですが、多少うさん臭くても業者に頼んじゃった方が簡単です。そこは割り切りね。

あと、アート引越センターのWebサイトには、マイアカウントでログインできるサービスがあり、引っ越した後の区役所や郵便局など手続き関連のリストもあったりします。これが意外に便利だった。

・引っ越しは、大規模断捨離をやる千載一遇のチャンス
今回、69平米の2LDKから70平米の1LDKプラスDENへの転居です。もともと、というか、ここ10年ほどは断捨裏傾向にある我が家ですが、引っ越しはモノを捨てるビッグチャンス。個人的には、「本棚とCDラックを捨てる」ことを決意し、まんまと成功しました。棚を捨てるということは、中身も処分するということです。アナログ盤200枚が2万円、CD1000枚&書籍50冊ほどが10万円で売れました。ディスクは1枚100円なんだなあ。書籍に関して言えば、1年に1〜2回はBOOK OFFで処分していたので、今回それほど多くありません。再読の可能性がある雑誌は自炊してデータ化してあるし、新刊本は図書館で借りるかKindleで購入する生活です。

写真もたくさん出てきました。昔の写真、特に集合写真って、どれもポーズや構図が同じで笑っちゃいますよ。これらもスキャンスナップでスキャンして、紙焼きもネガも処分。ちなみに、これは初めて海外旅行に行った時の写真です。86年3月25日って表示が……30年前だよ。ロンドンのトラファルガー広場ですねえ。


・インターネット回線の引っ越しを上手にやる
現代の引っ越しで、一番大事なのは「インターネット回線の引っ越し」ではないかと。ブツは運んだけど、ネットが繋がらないので、色んなことができないってのは不便極まりない。しかも、回線の工事は混み合っていて、希望の日時に工事してもらえることはまず無理。私の場合も、5日間ほどネットなしの状況になったんですが、回線の乗り換えを発注した業者から、WiFiルーターが無料レンタルできて大助かりでした。もちろん、電気・ガス・水道はもっと大事ですが、さすがにそこを失敗する人はいませんよね?

そう言えば、今回、家の光回線をFLETSからソフトバンクに変えたんですが、工事に来たのはNTTの人でした。回線も、NTTがソフトバンクに光回線を卸してるんだよね。いずれにせよ、回線はバカっ早で大満足。

・転出転入。本籍地はどうすれば?
今回は、文京区から新宿区への転居ということで、まずは文京区役所へ。窓口周辺で待っている人々はいたって上品な感じです。転出届けを出した帰り、シビックセンター25階の展望レストランで記念にランチ。景色がグッドです。ここは超穴場のレストランですよ。


その足で新宿区役所に転入届けを出しにいったら、思わず笑ってしまった。だって区役所の中がめっちゃエスニック。人種のるつぼw。外人も日本人も金髪だらけだし、窓口のおねえさんは中国人だし、なんだなんだここはって感じで超オモロかったわ、新宿区役所。

私は、何故か住基カードを持っているのですが、今回初めて有効活用しましたよ。住基カードを持っていると、転入転出の特例が受けられて、普通よりも手続きが楽なんだそうです。

それから、印鑑登録を自分の分と奥さんの分とを一発でやろうとしたんですが、奥さんの分を代理でやるのが超メンドかった。結果、3回も区役所に行く羽目に。他人の印鑑登録はやるもんじゃない。

最近、印鑑証明や住民票は自動交付機で簡単に取れるんですね。暗証番号登録しておけば。これ、文京区時代にはなかったんじゃないかな。新宿区って先端なのか?

そうそう。今回は住民票に加えて、本籍も移すつもりだったんですよ。ところが、文京区役所の戸籍の窓口のオバさんと話した結果、移籍はやめました。本籍を移すと、謄本が必要になったとき、過去に遡って全部必要になるから、あんまり頻繁に動かさない方がいいんだって。住民登録も本籍も一箇所にまとめた方がいいじゃん!って思い込んでいたので、意外な展開となりました。

本籍地については、いろいろな考え方があるようですね。東京都千代田区千代田1番地に本籍を置く人が相当数いるってのもよく分かります。皇居と一緒。これなら絶対に忘れないもんね。まさに、千代に八千代に忘れないw 

2016年8月3日水曜日

次のロシア旅行のための覚え書き・サンクトペテルブルク編

初ロシア10日間の旅、最終編は、覚え書き・サンクトペテルブルク(サンペテ)編で締めたいと思います。箇条書きでいきます。

・モスクワとサンペテは700キロ強の距離がある。東京からだと青森市、あるいは岡山市までの距離に相当。

・サンペテからは、ヘルシンキが意外に近い。380キロ。だから、サンペテ住民はヘルシンキまで車で4時間かけて買い物に行くそうだ。そしてサンペテはバルト海に面している。バルト海クルーズの豪華客船が毎日のように訪れる。だからエルミタージュはじめ美術館が激コミになる。


・サンペテは夏でもけっこう寒い。そして天気が悪い。我々は、一日でモスクワ(30℃)とサンペテ(15℃)で15度の寒暖差を体験した。サンペテの一般的な家、路線バスにはエアコンがないそうだ。日本でいうなら北海道だね。

・バルト海沖に、バルチック艦隊の本拠地となっていたコトリン島という島がある。バルチック艦隊は、そこのクロンシュタット港から日露戦争に向け出航した。観光船で行けるので今度行こう。絶対行こう。


・美術館や教会の入場チケットは、自販機で買おう。有人のチケット売り場は長蛇の列だが、自販機はどこでもガラガラだ。もちろん、クレジットカードが使える。英語の表示もある。


・エルミタージュ美術館には、プーチンそっくりの犬の置物が展示されている(左上)。ロシア人はプーチンが大好きだ。強いリーダー(米英に文句言える)が大好きなんだと。

・ロシア人の主食はジャガイモなんじゃないか。あらゆる料理のつけ合わせでジャガイモが出てくる。ビーフ・ストロガノフは、ロシア由来の料理だが、日本では牛肉の煮込みにライス添えが普通。だが、ロシアではジャガイモ添えだ。写真はシャシリクという串焼き料理。お皿がイモに占拠されてる。


・ロシアでは英語は通じないと思った方がいい。通じるのはホテルと高級レストランぐらい。しかも、町の標識や看板に英語並記がない。アメリカやイギリスが、どんだけ嫌いなんだと。

・サンペテの人は、日本料理が大好きだ。だけど、美味しい日本料理屋がないのが悩みの種。昔は「SHOGUN」という和食屋があったが、ストックホルムに移転してしまったそうだ。


・サンペテの人々は、 猫とコーヒーと本が好き。一方、モスクワの人々は、犬と紅茶とお金が好きなんだってさ。

・エカテリーナ宮殿の「琥珀の間」に代表されるように、琥珀はサンペテの美術品の重要アイテムだし、豪華なお土産の代表選手。ところが最近、琥珀の価格が暴騰している。なぜなら、中国人が薬として消費するから。お金に糸目をつけない中国人が、ロシアに来ると琥珀を爆買いするんだって。


・サンペテにはスフィンクスがある。しかも2体。19世紀初頭にフランスが購入を決め、キャンセルしたものをロシアが買ったらしい。スフィンクスの前ではお土産屋が営業している。


・モスクワよりサンペテの方が物価が若干安い。マトリョーシカなんかのお土産はサンペテで買おう。違法なマトリョーシカもたくさんあるけどw

・それにしてもエルミタージュは特別だ。そして強烈だ。あと2回は行ってみたい。ルーブル、メトロポリタンと並んで「世界3大美術館」に数えられるそうだが(「4大美術館」になると、故宮とかプラドとか大英とかが4番手に入ってくるらしい)、とにかくエカテリーナ2世の狂気のコレクション(とその財力)には舌を巻くしかない。ある意味、帝政ロシア時代、ソ連時代、現代のロシア連邦時代を通じ、もっともかの国の国力を披瀝してやまないヴェニューではないかと。とにかく、見学する場合は混雑を避ける作戦を考えるだね。


ちょっと危ないことも……

・サンペテでは、ルーフトップバー帰りの23時頃、メインストリートのネフスキー通りで若いスリ団に囲まれた。白夜ってこともあって群衆でごった返している中だったし、我々も何も所持品がなかったので兄ちゃんたちを睨み倒しながら振り切って事なきを得たが、金目のものは身につけて歩かない方がいい。以前、バルセロナでも大晦日の群衆シーンで似たようなケースに遭遇したことがあったが、人混みでは十分に気をつけた方がいいってことだな。ヨーロッパのローカルは。

次回必ず目撃したいもの

・今回、チャレンジしたけどうまく体験できなかったのがルーフトップツアー。で、チャレンジしなかったけど次回必ず体験したいのが、跳ね橋見学だ。サンペテでは、ネヴァ川にかかる21の橋がすべて跳ね橋になっており、これが深夜1時15分ぐらいから次々に開いて行くのである。大型客船やタンカーを通すために。


・この跳ね橋ショーを見学するクルージングツアーはたくさん催行されているが、どれも大人気。ただし、スタート時間が24:30とかド深夜なので、次の日の午前中をフリーにするとか、腹をくくって参加しよう。これは次回来たときのマスト。それにしても、21本の跳ね橋が次々開くって、エネルギー消費の観点からしても相当なスペクタクルだよね。隅田川なら、まず勝鬨橋パカー→中央大橋パカッ→永代橋パカッ→清洲橋パカーって感じ? ワクワクもんだ。勝鬨橋だけは昔開閉していたんだけどね。

てなわけで、また来ようロシア。ズトラストビーチェ、ロシア。

Photo credit: neverbutterfly via Visualhunt / CC BY




2016年7月31日日曜日

次のロシア旅行のための覚え書き・モスクワ編

初ロシアでした。おもにモスクワとサンクトペテルブルクについて、これまでの旅行記に書きそびれたあれこれを箇条書きでまとめます。

・ロシア連邦保安庁、FSB(旧KGB)の本部は、モスクワのルビヤンカというエリアにある。この建物には、表札もなければ看板もない。だけど、誰もがFSBだと知っている。


・7月、モスクワは毎日かならず雨が降る。スコール的な強い雨が。出かける時は、折りたたみの傘をもっていた方がいい。私たちがモスクワにいる時も毎日、小一時間ほどヒドい雨に見舞われた。落雷で亡くなった人もいた(ニュースで知った)。

・ロシア人のほとんどは、週末を郊外のダーチャ(簡素な別荘)で過ごす。だから、週末は街中は空いている。ダーチャにはたいてい菜園があって、ニンジンやジャガイモなどの野菜を作っている。


・モスクワっ子の50〜60%がダーチャを所有しているそうだ。これは帰りの飛行機でモスクワ上空から撮った写真。低層の家屋が密集しているのがダーチャエリア。ソ連時代、人民は都心のアパートメントと、郊外のダーチャを支給されたそう。


・我々のモスクワのガイド氏(58歳)は、ソ連時代を「それなりにいい時代だった」として懐かしがっていた。だけど、後にサンクトペテルブルクで世話になったパーシャという30歳のガイドは、自分はダーチャ持ってないし、ソ連時代の記憶もないから「何のノスタルジーもない」とはっきり言ってた。ロシアにおける世代の断絶は、我々日本人には知り得ないほど大きいのだろう。

・ロシア人にとってポピュラーな海外旅行先は、エジプトとトルコ。ただし、エジプトといってもカイロとかじゃなくて、紅海に面したシャルム・エル・シェイクというビーチリゾートだ。トルコにしても、イスタンブールなんかじゃなくて、ポドルムとかアンタルヤあたりだろう。

・そういえば、2015年10月にエジプト発のロシアの旅客機がISのテロで墜落させられた事件があったが、あれはまさにシャルム・エル・シェイク発サンクトペテルブルク行きの便であった。


・モスクワ大学。典型的なスターリン様式のゴシック建築。モスクワ大学の他に、ソ連運輸建設国家委員会、文化人アパート、芸術家アパート、ホテル・レニングラード、ロシア外務省、ホテル・ウクライナが有名で、これらは「セブンシスターズ」と呼ばれている。いつか制覇しなくちゃ。

・モスクワに、ユニクロは3軒ある(エラく高い)、アップルストアはまだ1軒もない。

・ガイド氏曰く、ロシア人は、みんなが思っているほどウォッカをたくさん飲むわけじゃない。

・ロシア人は、ロシアンティーは飲まない。日本におけるロシアンティーは、スグリジャムがはいった紅茶だが、そんなものはロシアでは(モスクワでは)誰も飲んでない。

・ロシアのボルシチは、赤くて酸っぱい。日本のロシア料理店のボルシチとは全然違う。サワークリームを浮かべて食べるととっても美味しいよ。


・ロシアにおけるポータルサイトは、圧倒的にYandex。日本におけるYahoo!みたいな存在。FacebookよりもポピュラーなSNSは、vk.com。

・モスクワとサンペテには、Uber(ロシアでの発音はウーベル)も走ってる。あと、GettTaxi、Yandex Taxiの3つ巴のシェア争い。


・モスクワにも、自転車のライドシェアがある。使っている人はあまりいない。

日本語ガイドは、モスクワに30〜40人。サンペテが20人ぐらい。みんな日本語がお上手。驚く。 


そして今回のロシア旅行は、2018年に開催されるサッカーW杯ロシア大会のロケハンの意味もありました。

・ワールドカップは11都市で行われる。中部のエカテリンブルクが一番東の開催都市、リトアニアの向こう側にある飛び地、カリーニングラードが一番西の開催都市。


・この地図はWikipediaから拝借したものだが、これ見る限り移動がメチャメチャ大変そう。我々も、モスクワ→サンペテで4時間半、サンペテ→ペトロザボーツクで5時間という鉄道の旅を連チャンでやって、けっこうヘロヘロになってるし。

・あと、ビザの問題が重たい。W杯期間中はビザなしで渡航できるようにするとプーチンは言ってるが、そんなことしたらテロリストとかフーリガンがわんさかやってくるからね。どうすんだろ。落としどころは、W杯出場国のサポーターのみビザなしとか?


ま、そんなことよりも最大の問題は、日本代表が出られるかどうか。そこに尽きるんだけどね。

2016年7月29日金曜日

白夜なう ペテルブルクの 夜はふけない

キジ島から戻り、サンクトペテルブルクでの滞在(=ロシアでの滞在)はあと2泊。

最終日前日はピョートル宮殿、続いてエカテリーナ宮殿を訪れますが、ここら辺はサクっといきます。


相変わらず天気が悪いし、エルミタージュの後だと感動も今一歩なんですよね。

例によって、どこに行ってもロッツ・オブ・チャイニーズ。


面白かったのは、お宝を疎開させた話。エカテリーナ宮殿は第2次大戦時の空襲で甚大な被害を受けたのですが、スターリンは空襲を予測して、予め絵画や彫刻の大部分をシベリア鉄道でシベリアに疎開させたんだそうです。

戦争が終わり、美術品はシベリアから戻ってきます。しかしエカテリーナ宮殿が損壊していたため、エルミタージュに移送されてしまった。で、長年かかってエカテリーナ宮殿の復旧が完了したにも関わらず、美術品はそのままエルミタージュに留まっている。エカテリーナ宮殿の館長は「戻してくれよ」と懇願しているのに、エルミタージュ側はシカト状態なんだとか。



大黒屋光太夫が女王に謁見したという部屋も見学しました。

宮殿については以上です。

翌日、最終日は終日フリーの予定。さあどこに行こう。ガイドとドライバーは一応キープしてあります。

晴天に恵まれたので、午前中は運河をクルーズすることにしました。町中に張り巡らされた運河からネヴァ川に抜けるコースをクルーズします。


なんと、エルミタージュ美術館の敷地内にも運河は通っており、船はその渡り廊下をくぐってクルーズしていきます。オモロいなあ。

クルーズを終えると、ガイドさんが「ドストエフスキーのお墓に興味がありますか?」と聞くので、「あるある。是非行こう」とチフヴィン墓地へ。

この墓地はこじんまりしていて、ロシア正教色が非常に強い墓地でした。しかも園内の植物はキレイに整えられていて、草ボウボウだったモスクワの墓地とは全然佇まいが違います。入場料も必要なので、中国人はいません。実に静謐な雰囲気。


ドストエフスキー(写真)やムソルグスキーの墓を見て、ホテルに帰ります。ガイドもドライバーもこの時点でリリースしましょう。お世話になりました。

そして夕方、前日に予約してあった、サンペテ名物のルーフトップツアーの待ち合わせ場所に向かいます。待ち合わせ場所に着くと、またしてもドストエフスキーw


建物の屋上を徒歩で歩き回るこのツアーは、知る人ぞ知るエクスカージョン。ホテルのコンシェルジュに頼んだら「提携していないから」ということで予約ができませんでした。なので、自力でネット予約。

当日、5時の集合時間の15分前にツアーの主催者から電話がかかってきました。

「ちょっと今、私の他に英語のできるガイドが手配できてないんだけど、今どこにいる?」

「もう待ち合わせ場所にいるよ」

「そうなの。うーん。5時半まで待てるかな。今、私は他のツアーの最中で……。最悪、英語できないガイドでもいい?」

「うん、いいよ。屋根上って歩き回るだけでしょ」

「OK。また電話する」

……当初の待ち合わせ時間、5時を回っても電話はありません。けっこういい加減です。


この日は、7時にゴーゴリというレストランを予約していたので、ルーフトップツアーの終了が遅れてしまうと、夕食に影響が出てしまいます。こちらからツアーガイドに電話をかけ、何度かやりとりした結果、ツアーをキャンセルすることにしました。楽しみにしていたのに残念だなあ。ブルーナイルの「♪A Walk Across the Rooftops」も準備してたのに。

気を取り直し、ゴーゴリで最後のディナーです。キャビア、いっちゃいましょう! いまキャビアは高いんですよ。お土産用のも一缶1万円ぐらいしてました。


食事しながら、キャンセルした屋根歩きの埋め合わせについて夫婦で相談しているうち、妙案が飛び出しました。

「そうだ、ルーフトップツアーがあるくらいだから、ルーフトップバーがあるかも」

「それはいい!」

早速ググってみると、ゴーゴリから徒歩10分圏内に「W」というホテルがあり、そのルーフトップバーがなかなかヒップな感じです。ダバイ!ダバイ!

夕食を終え、やって来ました、Wに。デカした、W。


わーお。シャンパン飲みながらまったりできるし、ルーフトップツアーよりこっちの方が全然いいじゃん。

サンペテのオサレ女子やカップルたちが続々やってきます。遠くで花火も上がってますよ。このバーは超絶オススメです。もちろん、晴天の日限定ですが。

こうして、ロシアにおける最後の夜は更けていきました……。


……いや、全然更けないんです。白夜なんですよ。アプリでは22:14に日没ってなってますが、マジックアワーが延々続く。

明るいので、町には若者たちがどんどん繰り出してきます。この時期、街灯に火がともることはありません。バンドの演奏があちこちで始まり、何だかみんな楽しそうです。ひょっとしてこいつら、朝まで騒いでんのか?


しかしこれ、体内時計がムチャクチャになるよね。いい加減ホテル帰って、カーテンびっちり閉めて、無理矢理寝ようっと。

2016年7月28日木曜日

キジ島の 木の教会は リフォーム中

さて、この度のロシア旅行にあたり、是非とも訪れたかったのがキジ島です。

キジがたくさん生息する島じゃないですよ。ロシア正教の木造の教会群で知られる、ロシア有数の聖地です。


場所はここら辺。けっこう北ですね。

サンクトペテルブルクから電車に乗って5時間、ペトロザボーツクという町に一泊し、翌朝キジ島に上陸するプラン。

我々は18時発の電車に乗ったのですが、ペトロザボーツク到着予定は23時。


電車はシーメンスの真新しい車両です。

なんですが、我々の乗った2等の座席はリクライニング機能ナシ。あと、食堂車もナシ。車内販売でサンドイッチとコーヒーを買って夕食にしたのですが、座席にテーブルがナシ。コーヒーを太ももでに挟んでサンドイッチを食べるというなかなかデンジャラスなシチュエーションでした。

ちなみに、この日はEURO2016の準決勝、ポルトガル対ウェールズがあったのですが、ロシアでの中継開始時間は22時。試合終了は23時45分ぐらいですね。終わりのあたりがギリギリ見られるかも。

ペトロザボーツクには、ほぼ予定通り到着しました。23時ちょい過ぎ。それでこの明るさ。


ホテルに移動して、ガイドと翌日の打ち合わせをし、チェックインしてテレビをつけたら、ちょうど試合が終了したところでした。OMG。

せっかくいい時間帯にEUROの生中継が見られるというのに、何とも残念です。日本だと朝4時起きでしたから。

翌朝は8時半出発。ホテルで朝食を摂ってて驚いたことには、レストランに黒人の宿泊客がたくさん(10人ぐらい)いたことです。なんだなんだ? ロシアで黒人の団体に遭遇するとは意外です。

食事の帰りのエレベーターで遭遇した黒人に「どこから来たの?」と聞いたら「ボツワナ。アフリカのね」との答え。ボツワナからキジ島観光ってどういう由来なんでしょ。不思議すぎる。


さて、ペトロザボーツクからキジ島へは高速船で1時間半ほど。港のカフェでランチボックスをピックアップして、船に乗ります。

船はオネガ湖をひた走ります。キジ島はオネガ湖に浮かぶ島。幸いなことに、雨は降っていません。雲はブ厚いですが、島に近づくにつれて青空が顔を覗かせてきます。

到着しました。ペトロザボーツクからガイド嬢も帯同していますが、キジ島でさらに現地ガイドが合流します。彼女たちは日本語は話せず、英語で説明してくれます。


島は全長7キロ、幅が500メートルという細長い島です。島内に車は走っておらず、観光も徒歩(あるいは自転車)です。

そしてキジ島における最重要事項は「島にはヘビが多いので、順路をハミ出して草むらには絶対に入らないように」というものです。おおコワ。

5分ほど歩くと、見えてきました。プレオブラジェンスカヤ教会が。これが島のメインの教会ですね。釘を一本も使ってないという。17世紀に建立され、一度落雷によって消失し、1714年に再建された。


……あれ、何か足場が組んであるぞ。ビニールも貼ってある。修復中なのかな?

ガイド嬢が言うには、建材の木が傷むので、この教会は70年(17年?)に一度リフレッシュするんだそうです。伊勢神宮みたいね。


確かに、中央部分から下にあるアラビアっぽい屋根部分だけが、真新しく金色に輝いています。それ以外の部分は鈍色です。

修復中につき、中に入ることもできません。


こちらは隣にあるポクローフスカヤ教会。こっちは中に入ることが可能でした。

イコンが素晴らしい。団体客がやってきて、熱心にお祈りしています。


この島は、ある種のテーマパークですね。スローな宗教テーマパーク。パワースポット感はあんまりない。その代わり実にのどかな空気が流れていて、神との対話も腰を据えて存分にできそう。

この小さな教会では、聖職者が鐘楼でたくさんの鐘を鳴らして楽曲を演奏するというパフォーマンスに遭遇しました。


ランチボックスは、サンドイッチとゆで卵とヨーグルトドリンク。教会のそばにベンチはありますが日陰がなく、かといって教会の中で飲食するのはNGなので、お昼時の直射日光を浴びながらのなかなかタフなランチとなりました。

滞在はおよそ3時間。若干時間を持てあまし気味ですが、天気が良かったせいか、早く帰りたい気分にはなりません。遠くに風車が見えますね。


帰りの船を待つ間、港付近のカフェにコーヒーを飲みにいったら、朝、ホテルであったボツワナ人のグループがいました。アフリカ人は、強い日差しなどお構いなしで陽気におしゃべりしています。

船でペトロザボーツクの港に戻ると、ドライバーが「雨はふらなかったか? こっちはドシャ降りだったぞ」と。

「キジ島は神のいる島なので、天気には恵まれると思いますよ」という、サンペテのガイド君パーシャの言葉を思い出しました。

ペトロザボーツクを18時に出発する電車で、サンペテに帰ります。到着したのが23時。またしてもEUROの準決勝(フランス対ドイツ)は見ることはできませんでした。ガックシ。

しかし連日の5時間ノーリクライニングの鉄道旅はきっついなあ。

ところでロシアの鉄道は完全指定席です。自由席なんかないし、乗車する時にはパスポートが必要です。「ぶらり途中下車の旅」とか成立し得ない雰囲気。

そんなこんなで、ロシア旅行もあと残り2日。



2016年7月26日火曜日

船がきた エルミタージュに スリ5人

昨日に続き、今日も雨です。ある意味、雨の日は美術館観光にはうってつけだよなってことで自分を納得させます。


朝10時過ぎ、エルミタージュに着いてみるともの凄い行列が。チケット買うのに2時間、そこから入場するのにさらに1時間って感じらしい。それじゃあ若冲展じゃないの。ロシアまで来て若冲展の行列苦なんてあり得ないよー。私、東京の若冲展はパスしましたから。

しかしウチらのガイド、パーシャは「ちょっと待っててください」と言い残すと群衆をかき分けて別の若い男(ガイド仲間らしい)に近づき、その男と何か一言二言話すと、男からチケットを受け取って戻ってきました。

「はい、お待たせしました。このチケットで入れます」

パーシャ、ナイスガイすぎる。まあでも、それが仕事だもんね。

エルミタージュのエントランスはとても不案内です。入り口が2つあるのですが、どっちが何の入り口なのか書いてない。あとでパーシャに聞くと、正面入り口が一般客用で、正面から右側にある入り口が、団体ツアー専用入り口なんだそう。


我々が正面入り口に向かっていると、日本人の家族が追いかけてきてパーシャに質問を浴びせます。

「ちょっと教えてください!インターネットでEチケットを買ったんですが、どこから入ればいいですか?」

「Eチケットは、向こうのカウンターで入場チケットに交換しなくてはなりません。私がご案内しましょう」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

実は、エルミタージュにあまり並ばずに入場する裏技は、このEチケットの他にもうひとつあって、それは自動券売機を利用する方法です。正面入り口のチケット売り場の裏手に自販機があって、そこなら4〜5人しか並んでいません。何でみんな自販機使わないんだろってぐらい空いているんですよ。

エルミタージュは10時半から開場します。この日は2時間半ほどでおいしいところをつまみ食い作戦。


金ぴかの豪華絢爛な舞踏室とか、謁見の間とか、エカテリーナの寝室とか、マイセン焼きの暖炉とか、黄金の孔雀が時を告げるカラクリ時計とかを駆け足で眺め、ひときわ観客の多い部屋にたどり着きました。


そこでガイドのパーシャくんがボソり。

「この部屋にスリが5人いますね。そのうち2人は女性です」

キタキタ! イタリアから出稼ぎのスリ団か。

「それどれ? どの人がスリ?」

「もし、彼らが近くに来たら、顔を教えますよ」

このひときわ観客の多い部屋は、イタリアがテーマのホールです。イタリアホールにイタリアスリ団w


なんと、ダ・ヴィンチが2枚ありました。「リッタの聖母」と、「ブノワの聖母」です。

ダ・ヴィンチの隣の部屋には、ラファエロが2点ありました。

イタリアホールはごった返しているんですが、その混雑は、中国人ツアー客の他に、豪華客船の下船客がどっちゃり訪れている影響とのこと。前日サンペテ港に着いた、3500人乗りの豪華客船から来た客だと。

さらに大きな5000人規模の客船が入港することもあり、サンペテの観光施設の混雑具合は、この客船から来る客の影響をモロに受けるんですね。スリも書き入れ時だわな。

船が来る前日はエルミタージュもガラガラだったとか言ってるので、豪華客船のスケジュールを把握してからエルミタージュに行く日を決めるってのが、もっともスマートなやり方かも知れませんね。

さて、一連の絵画群のなかで私が気に入ったのは、これですね。


ペルジーノの聖セバスティアヌス。サン・セバスチャンか!

矢が刺さって、キョトンとするの図w

よく見ると、刺さった細身の矢にペルジーノの署名があります。ヤルじゃん。広告代理店の仕事みたいです。

あとこれこれ、レンブラント。「放蕩息子の帰還」


レンブラント晩年の代表作です。英題は「Return of the Prodigal Son」。ドラマを感じますねぇ。客が群がってます。この絵は貸し出ししてないそうです。エルミタージュにレンブラントは24枚あります。

さすがです、エルミタージュ。美術史に燦然と輝く巨匠の作品がゴロゴロ転がっています。

そうそう、転がっていたといえばこれ。


ミケランジェロの未完の彫刻「うずくまる少年」です。未完のままヴァチカンだかどこかに放っぽられていたのを、大帝が買ってきたとか。

今回は行きませんでしたが、エルミタージュには別館もあって、そっちには印象派の絵画がたんまりあるそうです。マネとかモネとかセザンヌとかゴーギャンとか。

そもそもエルミタージュには300万点のコレクションがあり、うち100万点は倉庫で眠っているんだそうです。うーむ。全部見るには2年半かかるとガイドのパーシャが申しております。

我々はたったの2時間半でしたが、それでもかなりお腹いっぱい。ベルサイユ宮殿→ルーブル美術館とハシゴしたような気分。ここには、またいつか戻ってこよう。もっとお客が少ない時に。

結局、スリの顔は教えてもらえなかったなぁ。何も盗られなくて良かったけど。

大混雑のエルミタージュを脱出すると、入場待ちの行列はさらに凄いことに。雨の中、ご苦労さまです。

明日は、木造の正教会が聳えるキジ島へ向かいます。



2016年7月25日月曜日

犬吠える 列車に揺られ サンペテへ

ロシア旅行記6本目。

今日は、モスクワのサンクトペテルブルク駅から(ロシアの鉄道は駅名が目的地。ややこしい)、サプサン号という高速鉄道に乗ってサンクトペテルブルクに向かいます。我々の座席のひとつ隣の座席に、犬のマークが見えました。どうやら、この電車はペット同伴可能みたいです。


我々の直後の席でポメラニアン3匹が吠えまくり、それに呼応するように遠くで赤ん坊が泣きじゃくるという、何かの罰ゲームのような4時間半を何とか乗り切ってサンクトペテルブルクに到着して唖然。

「半袖、オレひとりじゃん」

寒いんです。ダウン着ている人もいます。今朝までいたモスクワが30度。サンクトペテルブルクは16度。しかも雨。聞いてねえよ〜。明日はユニクロだな。


駅で、新しいガイドのパーシャくんと合流します(写真は無関係)。

パーシャはまだ30歳で、ノリが軽い。文豪カフェで、ボルシチすすりながら、パーシャに質問してみました。

「サンクトペテルブルクって名前、長くて言いにくいよね。ロシア人は何て呼んでるの?」

25年前、私が6歳の時に町の名前がレニングラードからサンクトペテルブルクに変わりました。レニングラードの前はペトログラードでした。でも、元々の名前はドイツ風に『ブルク』を使ったサンクトペテルブルクでした。確かに長いので、ロシアの人は単にペテルブルクと言います。最近はピーテル (Питер)という愛称も普及しています」

「なるほど」

「若い人を中心に、SPB(ロシア語だとСПБ)というのも使いますよ」

「ふーん、そうなんだ。日本だったら『サンペテ』って略すとこだな」 

「さん……ぺて?」

「そうだよ。ポケットモンスターはポケモンでしょ。モンスターストライクはモンストだし。野球の前田健太はマエケン」

「……」

「ググってみると、サンペテって言ってる人けっこういるよ。よし、今日からサンクトペテルブルクは、サンペテな」

「……」



サンペテには、立派な正教の教会がたくさんあります。こちらは血の上の教会。アレクサンドル2世が暗殺された場所に建てられた。


そしてこれは、チェスマ教会。ケーキのような教会ですね。ラブリーすぎる。女子の心をワシ掴み。ちなみにチェスマというのは、露土戦争における最重要な戦いとなった「チェスマの海戦」の戦死者を奉っているからだとか。

さあ、明日はいよいよサンペテの偉大なるランドマーク、エルミタージュに突入します。