今や、イーロン・マスクがどんな人物であるか、世界中で知らない人はいないと思います。私もかれこれ15年以上イーロン・マスクの動向をチェックし続けていますが、2017年にテスラのモデル3が発表され、スペースXのファルコンロケットが回収実験に成功したあたりが「イーロン・マスク2.0」。
そして今年(2024年)は、テスラのロボタクシー(サイバーキャブ)を発表し、スターシップで巨大ブースターロケットを箸状のアームでキャッチし、トランプ支援に盛大に乗り出すなど、さながら「イーロン・マスク3.0」といった具合ですね。
「世界一の大金持ち」ってのはどうでもいい話で、イーロン・マスク3.0は世界を「大いに驚かせる」というのと、「大いにうんざりさせる」というのを日々実践している感じです。
昨年(2023年)9月、文藝春秋から出版されたウォルター・アイザックソン著「イーロン・マスク」は、なかなか衝撃的な内容でした。「常に大きなリスクに立ち向かっていないと落ち着かない」「極めて有能なスタッフ以外はすぐにクビにしてしまう」など、彼の人物像は常人にはとても理解できるような類のものではなく、毀誉褒貶が相半ばするその激しいキャラクターについて非常にわかりやすくまとまっていました。
そんなイーロン・マスク関連の出来事の中で、2023年〜24年に起きたもっとも異様で、今でも物議を醸しているのが「Twitter(その後のX)の買収」でしょう。テスラの躍進も、スペースXの偉業も、世間は押し並べて「凄い」「偉い」と評価する内容です。しかし「Twitterの買収」については、「意味不明」とか「無謀な試み」などと評されたあげく、買収完了後の色んな仕様の改変に対して、さんざんな言われ方をされています。収益性もだいぶ悪化したらしい。
そんなイーロン・マスクによるTwitter買収の被害者が、そのダメージと心情について語った本を上梓しました。先の伝記同様、これも文藝春秋から出ているのが面白いですね。
イーロン・マスクを礼賛する書籍はたくさん出ています。「ジョブズを凌ぐ天才」とか「未来を創る男」とか、著者がイーロン信者になって教祖を祭り上げるような本も多くあります。その点、先のオスカー・アイザックソンによる伝記本は、比較的フェアーな内容で、いいことも悪いことも両方書かれています。そして今回の「イーロン・ショック」は、被害者目線から書いたという点で、極めて斬新です。イーロン・マスクに自分の城を破壊された人物の「恨み節」が綿々と綴られていて、なかなか印象深い。
冒頭、筆者は「イーロン・マスクの表の顔にはジャイアンがいて、裏側にはのび太がいる」と非常に分かりやすい例えを語っています。そして、そのどちらもが、本物のイーロンなんだと。ちょっと引用してみましょうか。
「Twitterの社員を7800人から3000人に減らすのも、あっという間に決断して執行してしまった。通常のリストラであれば、計画してから執行までに半年ほどかけてやるようなことです。それを3、4日でやってしまう」
シビれますねえ、7800人を3000人にリストラ。しかも3〜4日で実施。そんなことしたら、暴動が起こりますよね。確か、このリストラをやったのはコロナのリモートワークの時期だったので、暴動にならなかったんでしょう。社員が出社してたら大騒ぎだったはず。
「彼は「人間の心」に興味がないのだと思います。一方でイーロンは「人類を救いたい」とも言っています。彼の中で「人類」と「人間の心」はイコールではない」
これも、妙に納得感のある意見です。「人類を火星に移住させる」のが彼のミッション。そのミッションは壮大すぎるので、個人の感情の機微とか知ったこっちゃない。しかしその割には、かなり細かく他人を管理しちゃうという話も。
「実はイーロンの管理スタイルは「マイクロマネジメント」です。彼は自分ですべてを把握して、自分の感覚でものごとを創造していきたい人。だから、これだけの規模の会社を管理した経験のある経営者からすると、イーロンのやり方は、考えられないくらい「ミクロ」なのです」
イーロン・マスクの立ち居振る舞いは分かりました。それよりも、この本を読んでいて個人的に面白かったのはTwitter(現在のX)の今後の展望です。経営は大丈夫なのか? ちゃんと収益があがるSNSとして存続できるのか? これらについては、これまであまりネットで記事になっていない情報がありました。
「今後Twitterがどういう方向に進むのかはまだ分かりません。まだ売却する路線も残っていると思います。現に一時は、Googleに営業をすべて任せる案も上がっていました。Twitterという会社はサービスを運営するだけの会社で、そこでの広告は全部Googleが販売するという案も上がっていました。それもまだオプションとしては残しているでしょう」
「いまの社員に、彼からのメールを見せてもらったのですが、メールには毎週の売上報告に対して「ヤバい」とか「これは危険水域に入った」とか、そんなひと言だけが書かれていました」
「不安なのは、最近イーロンがTwitterの運営に飽きているように見えることです。いま彼はどんどんAIのほうに注力し始めています。「自分は叩かれるばっかりだし、Twitterの経営なんかもういいかな」と思っている可能性はけっこう高いのではないかと思っています」
なるほどなるほど。結構シリアスな状態が続いているんですね。Googleに広告を丸投げする案は、会社的にはアリかも知れませんね。それに、イーロン・マスクがもうTwitterの運営に飽きているっていうのも全然あり得る話です。もう、誰かにまかせて経営から撤退する日は近いかも。
筆者の笹本さんは、日本にTwitter文化を根付かせるのに多大な貢献をした、当時のTwitter Japanの社長です。しかしその後、イーロン・マスク本人に辛酸をなめさせられていたとはお気の毒としか言いようがありません。
でも、最後の方に記されていますが、その後有名な配信事業者の日本代表に就任していて、それはそれでおめでとうございますという感想でした。イーロン・ショックを克服し、そこから多くを学んで、次なるビジネスの一歩を踏み出しているのです。
ほんと、イーロン・マスクって、上司になって欲しくない人物ナンバーワンって感じですが、なったらなったで、当事者にはとても大きな影響を及ぼすんだなってことがよく分かりました。
イーロン・マスク、次は何をやってくれるのか。まずはアメリカの大統領選挙ですね。もうすぐ結果がでますよね。
▼「イーロン・ショック 元Twitterジャパン社長が見た「破壊と創造」の215日」