2016年2月24日水曜日

凡百の映画とはステージが違う「レヴェナント」。イニャリトゥ×ルベツキによる白魔術

来週の月曜日(2月29日)はアカデミー賞授賞式。ということで、本年度アカデミー賞で12部門にノミネートされた、オスカーレースの本命中の本命「レヴェナント 蘇えりし者」を見てきました。

監督はアレハンドロ・G・イニャリトゥ。名前の表記がいつの間にか変わっています。ミドルネームの「ゴンサレス」がただの「G」になってる。


イニャリトゥは昨年のオスカー作品賞受賞作「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を監督した男です。2年連続受賞を目指しています。そして撮影監督は、同じく「バードマン」でイニャリトゥと組んで魔術的な映像を披露したエマニュエル・ルベツキです。彼は3年連続の受賞にリーチをかけています。そして主演は、オスカー5度目のノミネートにして初の栄冠をほぼ手中に収めている(と目される)レオナルド・ディカプリオ。

舞台は19世紀のアメリカ西部。季節は冬。未開拓地に猟行に出たハンターのうちの一人が、熊に襲われて重傷を負い、仲間に見捨てられ置き去りにされてしまう。

極寒の大地で奇跡的に一命を取り留めた彼は、たった一人でサバイバルを開始します。

たった一人でサバイバル。なんか「オデッセイ」みたいです。

彼は、自分を置き去りにし、息子を殺した仲間へ復讐するために、不屈の決意で旅を再開します。

はい、この映画は「復讐の物語」でした。「オデッセイ」には存在していなかった「敵役」がいます。

それにしても映画の濃度が圧倒的です。重い、深い、痛い。

そして、ルベツキのカメラがまたまた凄いことに。前へ後へ、右へ左へ、上へ下へ、そしてディカプリオの周りをぐるぐると、とにかく動く動く。

「バードマン」の時は、冒頭から最後までほぼ99%がステディカムによるワンカットでしたが、今回もかなりの部分がステディカムによる移動撮影です。しかも今回はパン・フォーカス。広角で撮影しているので、目の前にいるディカプリオにも遠くの風景にもまんべんなくピンが合っています。


プレス資料より引用してみましょう。

「アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と撮影監督のエマニュエル・ルベツキは、早い時点で本作のルールを決めた。第1は、ヒュー・グラスの旅の自然な流れを維持するため、時系列に沿って撮影を進めること。第2は、当時存在していなかった人工照明を使わず、太陽光と火による光だけを使って撮影すること。第3に、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で有名になった長回しの撮影方法を、まったく違う効果を狙って利用することだ」

「イニャリトゥは、本作を、光と影がリアルに息づくキアロスクーロ画(明暗法)のようなスタイルで撮影したいと考えた。「バードマン」が音楽から発想を得たのと同じように、本作は絵からひらめきを得た、とイニャリトゥは語る」(引用終わり)


太陽光と火の明かりだけで撮影するだなんて、まるでテレンス・マリックじゃないですか!

テレンス・マリックは映画界の「伝説」と言われる監督ですが、その伝説のきっかけとなったのが「天国の日々」です。この映画は、殆どのシーンがマジックアワーの時間帯に撮影されており、全編がまるで天国で起こっているかのような光の効果を醸し出しています。1978年のアカデミー賞で撮影賞を受賞しています。

そして、「レヴェナント」の撮影監督エマニュエル・ルベツキは、「ニュー・ワールド」「ツリー・オブ・ライフ」「トゥ・ザ・ワンダー」と、21世紀に入ってからのマリック監督作3本で撮影を担当しているのです。なるほどな〜。哲学的な「ピュア映像倶楽部」って感じ? この人たちのやってることは、もはや芸術じゃないよ、哲学だよ。

何というか、凡百の映画人とは映画作りのレベルが遙かに違うと感じます。ここを超えようというとてつもなく高いハードルを設定し、産みの苦しみにもがきながらもそこを見事に超えてきている映画。そんな風に感じます。「バードマン」が黒魔術だとしたら、「レヴェナント」は白魔術ですね。

公式の予告編が重苦しいので、こっちを貼っておきましょう。27秒におよぶワンカットと、それに続く41秒のワンカット。合計1分07秒の長回しシークエンスです。


馬に乗って併走しながらステディカム回してるんでしょうね。最後、カメラはガケから落ちなかったんでしょうか。

そうそう、坂本龍一の音楽にもシビれますよ。4月22日公開。オスカー何個とれるかな。

2016年2月21日日曜日

ドナルド・トランプが黒いのは分かった。問題はドブロブニクだ!

なかなか錯綜気味の見出しを書きましたが、ドナルド・トランプとドブロブニクに何の関係があるのか?

取りあえず、ドブロブニクの写真を貼っておきましょう。クロアチアにある世界遺産の町です。中世の町並みが残り、毎日大勢やってくる、世界中からの観光客を魅了してやまない町です。


さて。見出しの意味は、つまりこういうことです。

ドナルド・トランプの暴挙をあばくドキュメンタリー映画が緊急公開されることになりました。
興味津々。プレス向けのスクリーナーを取り寄せて見てみよう。
本編を見たら、これがかなり衝撃の内容。
トランプ父子の暴挙も酷い。しかし、本当に驚いたことには……。
「アドリア海の真珠」ことドブロブニクにゴルフ場を建設するというあり得ない計画が明らかに!
頼むからやめてー!!! ←今ココ

映画のタイトルは「ホール・イン・マネー 大富豪トランプのアブない遊び」というもの(原題は「A Dangerous Game」)。


イギリス人の熱血ジャーナリスト、アンソニー・バクスター監督によるドキュメンタリーです。作家としてのスピリットはマイケル・ムーア級ですね。「ボウリング・フォー・コロンバイン」とか「華氏911」とかの。ただし、バクスターはムーアより全然若く、体型もスリムです。

バクスターは、過去に「You’ve Been Trumped」=「あなたはトランプ化されてしまった(切り札を切られてしまった)」というドキュメンタリーで、(イギリスで)有名になりました。スコットランドのアバディーンシャーで、手つかずの自然が残っている最後の原野をドナルド・トランプが取得し、高級ゴルフリゾートを建設する過程で起きた、トランプ側と現地の住民、スコットランド政府との抗争の模様を収めたものです。日本では未公開。


今回の映画は、この「You’ve Been Trumped」の続編(後日談も兼ねた)のような趣になっています。トランプがスコットランドに建造しようとしている2つ目のゴルフリゾートと、それ以外にも世界各地で自然を破壊し、住民の反対を押し切って造られるゴルフ場の話で構成されています。

そして、この映画を見て私は初めて知ったわけですよ。クロアチアのドブロブニクにゴルフ場を作るって計画があることを。

ドブロブニクには2008年と2011年の2回行きました。忘れがたい、そして機会があれば何度でも訪れたい町のひとつです。城壁に囲まれ、赤い屋根で統一された旧市街は、夕暮れ時になると黄金のように輝きます。町の向こうに広がる紺碧の海原と旧市街地が相まみえる姿は、「アドリア海の真珠」と言われて世界中の旅人を魅了してきました。

このドブロブニクを見下ろす山、スルジ山に一大ゴルフリゾートを作る計画があると、この映画が明かしています。何ということ!

今、ドブロブニクからスルジ山へは、ロープウェイで簡単に行くことができます。


山頂には、1991年から4年間に及んだユーゴスラビア紛争の記録を公開する戦争記念館が営業しています。

山頂周辺は荒涼とした原野が広がっていますが、眼下にはアドリア海の絶景が広がる素晴らしいロケーション。ドブロブニクを訪れるなら、必ず登るべき山であることは間違いありません。

それにしても、何にしても、ここにゴルフリゾートなんてあり得ない。これ、ドブロブニクとスルジ山に行ったことがある人なら全員同意してくれると思います。

分かりやすく例えるならば、そうだなあ……ハワイのダイアモンドヘッドのてっぺんにゴルフ場を作るみたいな話ですよ。確かに眼下の景色は素晴らしいでしょうよ。ホノルルの町が見える、太平洋の大海原が見える。だけど、そこでゴルフをプレイするのがいかにバチ当たりな行為であるか。

で、当然ですがドブロブニクの市民活動家が立ち上がり、ゴルフリゾート開発の賛否を問う国民投票に持ち込むわけです。そして国民投票の結果、国民の85%が反対して否決されたと。

やれやれ、良かった。ほっとしたと思いきや、ドブロブニク市長がその投票結果を受け入れてない。ゴルフリゾート開発は予定通り行うと。

クロアチア、ヤバいです。民主主義国家じゃないよ。そんなんじゃEUなんか加盟できないって。

その後のスルジ山のゴルフ場問題については、あんまり情報が多くないのですが、2016年2月現在、まだ開発は始まっていないもようです。今後の動向に注目です。

映画の予告編を貼っておきましょう。予告編ではドナルド・トランプのスコットランドの案件がメインですが、私はドブロブニクの方を危惧しています。ちなみに、ドブロブニクの件にはトランプは無関係のようです。


素晴らしいドブロブニクの町とスルジ山の環境が保全されるよう、切に望む次第です。大事な案件なので、フォートラベルにもポストしておこう。

2016年2月19日金曜日

オスカー4部門ノミネート「ルーム」を見た。天才子役のバカウマ演技にうなるしかない

プレス試写で「ルーム」を見てきました。今年のアカデミー賞に作品賞以下4部門にノミネートされています。


アメリカ(あるいはカナダ?)で、「部屋(=ルーム)」に7年間監禁されていた母(20代)と、監禁の間に生まれた5歳の少年ジャックが主人公です。この2人が、いかに監禁生活から脱出し、外の世界(我々が暮らす現実の世界)に適応していくかを描いたなかなかシリアスなドラマです。原作は「部屋」というベストセラー小説です。ブッカー賞の候補にもなった。

冒頭からしばらくの間、映画は、監禁状態の親子の暮らしを描いていきます。ワンルームしかない部屋で、明かりとりの天窓が1つあるだけの薄暗い部屋。外界の様子は一切見えない部屋で親子は暮らしています。リアル社会とのチャンネルはテレビしかありません。食材や日用品は、母親を誘拐・監禁した男であり、ジャックの父親でもある男が、週に1回届けにきます。鉄製のドアは暗証番号でロックされており、逃げ出すすべはありません。

重苦しい室内劇です。部屋は汚く、主人公の母親(ブリー・ラーソン)もアグリーメイク(ノーメイク?)です。「いったい、この辛い監禁生活をいつまで見せられるんだ」という気分になります。しかし映画が始まって10分ほど経過し、かなり悶々とした気分になりかけた時、突然気がつきました。「そうか。この映画は、子役の演技を見る映画なんだ」と。

監禁中の部屋で生まれ(出産の様子がどうだったのかとても気になりますが)、一度も外に出たことがなく、窓越しにすら外の世界を見たことのないジャック。もうすぐ5歳になろうとしているが、友だちもいなく、母親以外の人間とは一度も話をしたことがない。父親らしき男が週に一度部屋の中に入ってきますが、男が来るときは、ジャックは納戸に閉じ込められてしまうのです。


これは相当に難しい役柄ですよ。リアル社会を一切知らない少年役。そこに気がついてからは、俄然、ストーリーを追うのが楽しくなりました。

脱出シーンは、意外に早く訪れます。脱出劇がこの映画のハイライトではない。むしろその後ですね。

外に出てからのジャックは、初めて車に乗り、初めて警官に会い、初めて病院に行き、初めて母親以外の作った食事を食べ、初めて祖父や祖母に会うのです。もう、知恵熱が出っぱなしw

ジャックを演じたのは、ジェイコブ・トレンブレイ。2006年生まれです。なかなか中性的な顔立ちをしています。てか、女の子にしかみえない。「髪の毛が長いから、お嬢ちゃんだと思ったら、坊やなんだね」って感じ。


プレス資料にあった、レニー・アブラムソン監督の言葉を引用しましょう。

「5歳という設定なら通常の場合、子役は単に本来の自分でいることを望まれる。しかし、ジャック役には演技ができる子役が必要だった」

「彼はひときわ目立っていた。チャーミングでスウィートなだけでなく、俳優として素晴らしい技術を持ち合わせていた。まるでカジノで大金を当てたような気分だったよ。天井からキラキラと光が落ちてきたように見えた」

その後のストーリーはすべて端折りますが、この映画は、最後のカットが秀逸です。実にしみじみとする余韻を残す、カメラの静かな動きを堪能してください。

見終わった私は、この少年で「ホーム・アローン」のリメイクいけるんじゃない? いやいや「ベニスに死す」もやれるんじゃ? などと考えながら試写室を後にしました。

しかし正直に言えば、私のこの映画に対する率直な感想は「お金かかってないねえ〜」です。ネットのソースを調べると、製作費は600万ドル程度の模様。その金額でオスカー4部門(作品賞、監督賞、主演女優賞、脚色賞)ノミネートですからね。近年の作品賞ノミネート作品の中でも、群を抜いてローバジェットな作品だと思います。

北米での興行収入は、今のところ1100万ドルを超えた程度でそれほどの大ヒットでもないのですが、これでもしオスカー取るようなことがあれば(主演女優賞受賞が有力視されています)大儲けですね。日本での公開は4月8日です。

それにしても今年のアカデミー賞はサバイバル映画がやたら充実しています。「オデッセイ」に、この「ルーム」に「レヴェナント」。「レヴェナント」も凄い映画でした。次回書きます。




2016年2月13日土曜日

やはり超絶残念だった「杉原千畝」。想定してたけどさ

日本映画はほとんど見ませんが(概ね出来がヒドイから)、時々見ようと思うものが現れます。そう、今回見たいと思ったのは「杉原千畝 スギハラチウネ」です。ユダヤ研究は私のライフワーク。となると、第二次大戦中にリトアニア領事としてユダヤ人に大量のビザを発行した杉原千畝はやはり避けて通れない。

そんなわけで、昨日「サウルの息子」を見た興奮がさめやらぬまま、今日は蒲田くんだりまで行ってきました。都内はもう蒲田宝塚でしか「杉原千畝」を上映してない。


……まあね、所詮日本のテレビ局が作った映画ですよ。想定はしていましたよ、だけどあんまりだよねえ……。

この映画は、原作というか底本があって、そのタイトルが「諜報の天才 杉原千畝」というのです。杉原千畝って、例のユダヤ人に発行したビザの件は有名ですが、実は対ロシアのスパイ工作をずっとやってて、その成果がなかなか素晴らしかったのでも知られてるんですよ。で、ソ連当局から「Persona Non Grata(好ましからぬ人物)」認定されちゃうんですよ。モスクワの日本大使館に赴任するはずが、ソ連当局からNGくらっちゃう。

だから期待していたわけですよ。「諜報の天才っぷりが見られるかな」「日本のスパイってどんな活動やってたのかな」って楽しみにしてた。ユダヤにビザ切ったのも、「ユダヤの諜報機関と深い関係があったんじゃね?」って思ってた。


始まって5分ぐらいのところで、それっぽいシーンが出てくるんですよ。列車の中で、食堂車のウェイターと千畝(唐沢寿明)がすれ違いざま、ウェイターの持ってるトレイの下で書類をやりとりする。だけど、それに気づいたソ連のスパイが通路を走って追っかけてきて、コンパートメントで銃を千畝に突きつける。すると、背後からイリーナという千畝の協力者の女が現れて、手に持った花瓶を敵スパイの頭にガッシャーン!ってやって助けるというね。出来の悪いスパイ映画によくあるようなクソみたいなシーン。

もうね。冗談抜きで、ここで私は映画館を出ようと思いましたよ。「ルパン3世」じゃあるまいし。何やってんだと。

千畝が諜報やってるカットはいくつかありましたが、まったく緊張感がなく、基本「千畝=いい人」描写に終始してます。残念です。

あと、千畝ってロシア人と結婚していたんですけど(後に離婚)、この映画では幸子という2番目の妻との生活が割かし多めに描かれています。

幸子は小雪が演じているんですが、これがまたね。全部イラネ。小雪が出てくるシーンまったく不要なんですけど。ここを全部カットすれば2時間未満に楽勝で納まるのに! 何でやねん?

ああ、思い出すたびに腹が立ってくる。これ以上書くの止めます。一応、映画は最後まで見ました。★一つ半(満天は★5つ)。監督はチェリン・ブラック。ってこの人ユダヤ?

日本のテレビ局が作る映画って、所詮このレベルなんだよなあと、母国の映画産業を恥じ、これをお金払って見てしまった自分を恥じ、昨日見た「サウルの息子」とのあまりのギャップに頭クラクラの土曜日でした。

惜しむらくは、千畝の出したビザで日本にやってきたユダヤ人の末裔が、何人かでもいいから日本に残ってくれて、日本の映画産業の礎を作ってくれたらよかったのになあとw


せめて、「諜報の天才 杉浦千畝」という本は買って読もうと思います。 


「サウルの息子」ゲーマー世代による超絶長回しホロコースト映画

凄いものを見てしまいました。「サウルの息子」。昨年のカンヌ映画祭でグランプリ、ゴールデングローブ賞の外国語映画賞を受賞、今年のアカデミー賞でも外国語映画賞が有力視されている映画です。


凄い、本当に凄い映画なんだけど、そう簡単に他人には薦められませんよ。だって、あまりに陰惨なホロコーストの現場が舞台です。そこに送り込まれる大量のユダヤ人の死体を「処理」するユダヤ人の話……。

ところでこの映画、映像が恐ろしく斬新なんです。まったくの想定外。

冒頭、画面はピンボケて始まります。やがて、主人公のサウルが画面にカットインしてくると、ようやくサウルの背中にピントが合います。灰色のコートの背中には、赤いバッテンが大きく描かれています。しばらくすると、このバッテンが「ゾンダーコマンド」という、死体処理班の印であることが分かります。

映像は4対3のスタンダードサイズです。16対9のビスタサイズより幅がかなり狭い。そして、常にピントは浅く、後ろボケ状態がずーっと続きます。カメラは常にサウルの背後にあります。ゲームでいうところの「三人称視点」。もちろん、ステディカムでウリウリ動く。


何なんですかね、これ。「バイオハザード」ミーツ「シンドラーのリスト」? 

アウシュビッツのおぞましい風景は、常にピンボケ状態なので、気分が悪くなるようなシーンは見えません。その代わり観客は、「死んだ息子をラビ立ち会いのもとに埋葬する」という、主人公サウルの意地をかけたミッションに、三人称視点で延々つき合わされる羽目になります。

ワンカット20秒〜30秒というのはザラ。1分を超える長回しもたくさん登場します。もの凄い臨場感。だけど、見たくないものは映らない。ホントよく考えたよなあ、こんな撮影方法。

重苦しい収容所を飛び出し、最後は屋外で映画は終わります。私は「希望のあるエンディング」と解釈しましたが、そうじゃない見方もあるでしょう。久々に「ヨーロッパ映画」を見たなという感じ。

予告編を貼っておきましょう。映像はクローズアップばかりです。音楽がカッコいいね。


監督は38歳のハンガリー出身、ネメシュ・ラースロー。長編1作目だそうです。覚えておこう。絶対に凄い監督になりますよ。ええ、もちろんユダヤ人です。





2016年2月3日水曜日

W杯は賄賂ズブズブという事実。「FIFA 腐敗の全内幕」が本当にヤバい

このところ、当ブログが書評ブログと化してきていますが、もう1冊行きます。ここで紹介する本は、本当にヤバいやつです。

驚きに次ぐ驚き。怒りに次ぐ怒り。もうね、読んでいるうちに怒りを通り越して、気分が悪くなるレベル。その名も「FIFA 腐敗の全内幕」(文藝春秋・刊)。


FIFAの前会長ブラッターと、他のFIFAの理事たちが、いかに真っ黒でタチの悪い汚職行為を連綿と行っていたかが詳細に暴露されています。

この本で明らかにされるのは、はっきり言って、FIFAの組織理念はマフィア以外の何ものでもないということ。親分ブラッターと24人の子分(理事)たちが、企業舎弟的なサッカー周辺産業からやりたい放題搾取しまくり、いかに非合法に巨万の富を蓄財してきたかという、空前絶後のブラック・ノンフィクションです。

この大スクープをものにしたのは、英国人記者のアンドリュー・ジェニングス。10年間にわたってFIFAの汚職について調べ上げ、BBCの番組で5回にわたって放映したことで、ブラッターが2015年10月に辞任するきっかけを作りました。過去に、オリンピックに関する汚職について3冊の著書があり、スコットランドヤードの汚職についても出版している「汚職暴露のプロ」ですね。

本書の冒頭にある、登場人物一覧から引用しましょうか。人物名と肩書きと、彼らが行った悪事がサマってあります。なんて分かりやすい。肩書きは、この本が出版された2015年10月当時のものです。
ジョアン・アヴェランジェ Joao Havelange(ブラジル) 
前国際サッカー連盟(FIFA)会長。1974年から24年間にわたって会長を務める。職員を愛人にし、経費を湯水のように使うなど組織を私物化した。スポーツイベント会社ISLから多額の不正資金を受領する。会長時代にFIFAから横領したカネは総額で4500万ドルともいわれる。外交パスポートを持って、チューリッヒへの出張の度に金の延べ棒を持ち帰っていた。
リカルド・テイシェイラ Ricardo Teixeira(ブラジル)
元ブラジルサッカー連盟(CBF)会長、元FIFA理事。アヴェランジェの娘婿。ISL社を通じて950万ドルもの賄賂を受け取る。またCBF会長という立場を利用し、ブラジルサッカー界に流れ込むスポンサー料などを横領した疑いがある。著者の調査によりISL社からの賄賂が露見、責任をとる形でブラジルサッカー連盟会長を辞任する。
ゼップ・ブラッター Sepp Blatter (スイス)
FIFA現会長。75年にアディダスのホルスト・ダスラーの仲介で、アヴェランジェ前会長の鞄持ちとしてFIFAに就職。以来、忠実な官僚として事務総長までのぼりつめ、98年にFIFA会長に就任。アヴェランジェをはじめとするFIFA理事の汚職を知り尽くしそれを力の源泉として会長職を四期つとめるが、五選直後に汚職の責任をとって辞任を宣言。
この3人がメインキャストです。他にも、元FIFA副会長のジャック・ワーナー(トリニダード・トバゴ)、元FIFA理事のチャック・ブレイザー(アメリカ)、アフリカサッカー連盟会長のイッサ・ハヤトウといった、これまた真っ黒い幹部連中が登場するのですが、あまり長くなってもアレなので、メインの3人の話にフォーカスします。


写真の左がアヴェランジェ。真ん中のペレをはさんで、右がテイシェイラ。一応、ペレはこの本には登場しません。彼はクリーンだと信じたいですね。

以下、ブラジルサッカー連盟会長だったテイシェイラが、ブラジル代表をナイキに売った話を引用します。これはFIFAそのものの案件ではありませんが、テイシェイラはアヴェランジェの娘婿なので、一心同体と考えていいでしょう。
ナイキとの片務契約
1989年に、リカルド・テイシェイラは、犯罪組織と関わりがあった義父の後ろ盾で、ブラジルサッカー連盟の会長に就任した。ナショナルチームは、アンブロ社のユニフォームを着用する契約になっていた。1994年のアメリカワールドカップで優勝したあと、ブラジル代表チームの価値が急上昇した。その後すぐに秘密の会議がくり返し開かれるようになり、1996年7月に、テイシェイラはニューヨークへ姿を消した。この時のニューヨーク出張には、ブラジルサッカー連盟のほかの役員は伴っていない。
オレゴン州ビーバートンからやってきた、大勢のアメリカ人ビジネスマン。大西洋の向こうの、ヨーロッパの租税回避地(タックスヘイブン)で登記された会社の社員たちが、弁護士と1万1500字の書類を携えて、彼を待っていた。テイシェイラはその書類に署名をし、ブラジルサッカーの支配権をナイキに引き渡した。
ナイキ側は、租税回避地(タックスヘイブン)経由でテイシェイラに1億6000万ドルをーーさらに追加も払うという約束とともにーー支払い、それと引き換えにブラジル代表の選手を選ぶ権利と、誰がどこでいつプレイするかを支持する権利を買った。試合数は50回。彼らはリオのブラジルサッカー連盟内に、自分たちのショップを設ける権利も取得した。
なんてこと! セレソンのユニフォームだけじゃないんですよ、ナイキが得たのは。「選手を選ぶ権利」「誰がどこでいつプレイするか」まで手に入れてる。CBFじゃなく、ザガロ監督でもなく、ナイキがセレソンを編成してたわけですよ。しかもその対価(の一部)は、CBFではなく、会長の個人口座に支払われているんです。200億円近いキャッシュが。


写真は、「テイシェイラにノーを!」のプラカードを持ってデモするブラジル人。別の案件で、テイシェイラに収賄疑惑が発覚した時のもの。

そもそも、いつから一連の黒い取引がFIFAで始まったのか? それは1974年、アディダスの幹部であったホルスト・ダスラーがジョアン・アヴェランジェと接近したのが源流のようです。
ホルスト・ダスラーとアディダスの野望
「私をFIFAの会長にしてくれたら、私も君も金持ちになれる」と、アヴェランジェはドイツの商人に声をかけた。彼(ホルスト・ダスラー)の一族はアディダス・ブランドをバイエルンで立ち上げ、ホルストはシューズからシャツからボールまで商売を拡大し、自社をグローバル企業に押し上げた。休むことを知らず、情けも知らない天才は、それでも満足しなかった。彼は世界的スポーツに巨大ビジネスチャンスを見て取り、ISL社(International Sports and Leisure)を創設した。アディダスとISLの両方の売上げを伸ばすためには、国際スポーツ連盟の幹部を抱き込む必要があった。ホルストは、彼らを買収した。
スポーツ団体の役員たちは、腕に高価なスイス時計をはめて、選手たちに3本線入りのアディダスを着用させる契約に署名した。ヨーロッパの大物サッカー役員の自宅玄関前には、誕生日にメルセデスの新車が届いた。
後にサッカー界にはびこる、賄賂をつかった買収工作は、70年代半ばから始まっていたようです。ここに登場するISLという会社は、82年、アディダス51%、電通49%の出資で作られた会社であり、いろいろな買収工作の温床になっていきます。

本書では、もう、うんざりするほどの不正の数々、狡猾な錬金術、拝金主義的なFIFA幹部の悪行がこれでもかと披露されていきます。

2002年、日韓ワールドカップでのある印象的な試合についても言及されています。

韓国を勝たせなければならない 
ゼップ・ブラッターは2002年のワールドカップについて、頭を抱えていた。彼が世界のテレビ局に巨額の放映権料をこれまで通り請求し続けるには、スタジアムを満杯にする必要がある。問題は韓国だった。韓国の人々は韓国代表が出場する試合はすべて見たがった。だが、自国代表が敗退した後の試合のチケットを、買おうとするだろうか。ブラッターは現場担当役員に、スタジアムを満杯にするよう指示を出した。
決勝トーナメントに入って、韓国はイタリアと対戦した。毎回波瀾を呼ぶ顔合わせである。イタリア側にとって、今回とくに波瀾含みだったのは、エクアドル人の主審バイロン・モレノだった。試合開始からわずか四分で、彼は韓国側に不可解なペナルティーキックをあたえたーーが、これははずれた。その後試合はイタリア有利に運び、18分でクリスチャン・ヴィエリがゴールを決めた。勝利目前の88分で韓国が得点し、同点になった。
延長戦のハーフタイム直前に、フランチェスコ・トッティが韓国のペナルティーエリアに倒れ込んだ。リプレイを見る限り、イタリアはペナルティキックを得て然るべきだった。ところがモレノはトッティが「ダイブ」したとして、退場させた。後半ではダミアーノ・トンマジのゴールデンゴールが認められず、このときも世界中のファンの不信を買った。延長戦の残り三分に、安貞桓(アンジョンファン)がイタリアのディフェンスを超え、ヘディングでゴールデンゴールを決めた。
この試合、私は麻布十番のイタリアン・レストランで大勢のイタリア人と一緒にテレビ観戦していました。あまりに酷いレフェリングに、罵声とため息がレストラン中にこだまする大騒ぎの観戦だったのを、つい昨日のことのように思い出すことができます。

まったく腑に落ちなかったこの試合の結果が、不可抗力なコントロール下にあったということが、この本で裏取りできました。あのエクアドル人の審判は、本来別の主審がアサインされていたところ、直前に交替で笛を吹きました。このイタリア=韓国戦は、FIFAが主導した八百長だったというわけです。

とにかく、次から次へと繰り出される「不正」と「賄賂」と「買収」のオンパレード! 著者のアンドリュー・ジェニングスの凄いところは、怪しいと思った案件を諦めずに追求するところです。スイスの司法当局とブラッターとアヴェランジェが、「不正を認める代わりに賄賂の一部を返却する。その代わり本件の内容は公開しない」という司法取引を行った事実もすっぱ抜いて、本書で披露している。


ついでに言うと、オリンピックも汚れてるんですよ。以下引用。
その日、ブラックなエンタテイメントが一つあった。2016年のリオオリンピック、2012年のロンドンオリンピック、2018年の冬季オリンピック招致で成功を収めたという、ロンドンの宣伝担当係マイク・リーが、票集めにはある種の「話法」が必要だと指摘した。そして自分の最も新しい成功は、2022年のワールドカップをカタールにもたらしたことだと語った。
マイク・リーなる人物は、2012年ロンドン、16年リオデジャネイロ、18年平昌オリンピックの招致を成功させています。これ、おかしくないですか? 何でこの人だけが連続して招致に成功するの? 

別の資料によれば、12年ロンドン、16年リオ、そして20年東京の招致を成功させたのがロンドンベースのSeven46という会社です。東京招致チームのプレゼンを指導した人ですね。先のマイク・リーとロンドン招致、リオ招致でカブってますが、パートナー的な関係でしょうか。あるいは、役割が違うんですかね。

この、招致に関わっている人たち、確かに招致活動の凄腕なのかもしれませんが、実はその正体は、IOCの幹部連中と握ってる賄賂仲介エージェンシーだと考えられませんか? 石原慎太郎が2016年大会で東京開催の誘致に失敗したときに、そういう非合法エージェンシーの存在について言及していませんでしたっけ。

この本を読んでしまったいま、2020年の東京オリンピックも賄賂によってもたらされたとしか思えません。「オ・モ・テ・ナ・シ」でも安倍首相の「完全にコントロールされています」発言でもない。オリンピックは「ワ・イ・ロ」で決まっている。

2018年(ロシア)、2022年(カタール)のワールドカップ開催地は、2010年の12月に決定されましたが、それまではいずれも、一度の総会でひとつの大会の開催地が決められていました。ところが、この時は2大会の開催地が一度に決定する運びになりました。

なぜだか分かりますか?

本書を書いたジェニングスによる追求で、「ブラッターの退任時期が近づいている」こと、高齢になっている「アヴェランジェの引退時期も近づいている」ことなどを鑑みて、奴らは、2大会分の賄賂を一度にせしめようとしたんです。つまり、次の集金まで4年も待てないと。一度の総会で、2倍の賄賂。

ただ一言、「地獄に堕ちろ」です。

せめてもの救いは、幹部たちが逮捕されていること。
米司法当局は、スイス当局の協力を得て七人の幹部を逮捕し、元副会長のジャック・ワーナーを含む一四人を起訴した。ロレッタ・リンチは記者会見で、1991年以来続いてきた不正によって、テレビ放映権、W杯や会長選の見返りにやりとりされた賄賂は1億5000万ドル(約185億円)を超えると指摘、この他にも、海外旅行などのたかり行為、資金洗浄、海外不正送金、などの罪がある、とした。
逮捕された幹部も逮捕に怯えた幹部も、自分がいったいどんな悪事を働いたのか、理解するまでに時間がかかったことだろう。賄賂とリベートは、ジョアン・アヴェランジェが1974年にFIFAの一代前の会長に就任して以降、常識のようになっていた。世界で最も人気の高いスポーツが、その頂点に立つ人物を筆頭に道徳観ゼロの下司(げす)な人物たちに支配される風潮は、ますます強まっていったのだ。
しかし現在、ブラッターは逮捕されずにシャバでのうのうと暮らしています。現在99歳のアヴェランジェも同様。2015年10月以降空位となっているFIFA会長を新たに選ぶ選挙は、2016年の2月26日にチューリッヒで行われます。しかし、誰が選ばれたとしても、FIFAがすぐにクリーンになるとはとても思えません。


そして、彼らの天文学的な不労所得のツケは、世界中のサッカーファンが払わされているんです。試合の高額なチケット代、レプリカユニフォームをはじめとするさまざまな関連商品代、有料放送の視聴料……。

私も長年におよぶサッカーファンですが、正直、この本を読んでしまったことを後悔する気持ちも覚えます。バリー・ボンズやランス・アームストロングのドーピングの件を思い出しましたが、レベルが全然違いますからね。大相撲の八百長の件もはるかに霞む。何しろ、世界をまたいで組織ぐるみで悪事の限りをつくしてるわけですから。FIFAマフィアは。

この本も、是非ハリウッドで映画化してほしいですね。そして、世界中の多くの人々に、FIFAの長老たちの巨悪を知らしめてもらいたい。そして懲らしめてもらいたい。サッカーを愛する者からの、切実なる要望ですね。