2017年9月11日月曜日

驚嘆と爆笑の一冊「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう」

最近、こんな本を読んでおりました。


「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう」(市川哲史・著、シンコーミュージック・刊)

ティーンエイジャーの頃、プログレ(プログレッシブ・ロック)にどっぷりハマっていた私ですが、実はいまだにプログレは骨の髄まで染み込んでいて、この本にしても「オレが読まずに誰が読む」って思いましたよね。でも、今さら大昔の自分探しの記憶をほじくり返してもなあって気持ちもあって、読むの止めようかとも思ったんですが、目次をチラ見してしまったら、もう止められなくなっちゃった。

全480ページという超大作です。分厚い。取り上げられているのは、プログレ全般というわけではなく、「キング・クリムゾン」「イエス」「エマーソン・レイク&パーマー」「ピンク・フロイド」「ジェネシス」(登場順)という5大メジャーバンド。

冒頭、日本人のプログレ好きに関してこんな書き出しで始まります。以下引用。
日本人は、地球上でいちばんプログレッシヴ・ロックを好きな民族である。
ジョン・ウェットンに言わせると、南米・オランダ・ドイツ・ポーランド・チェコ・イタリアもプログレに熱心で、一時はこれらの諸国のおかげでプログレは生き延びたようだ。
(中略)とはいえやはり、日本人が地球上でいちばんプログレッシヴ・ロックを好きな民族だ。
うんうん。分かる分かる。日本人はプログレ大好きなんだよね。私も学生の頃は、クラスメートを「プログレ好きかそうでないか」で人物判断してたもん。プログレ好き=同志、プログレ嫌い=野蛮人って感じで。今思えば、世間知らずでアホな若者だったよね。

さて本書ですが、まずは順当にキング・クリムゾンからスタートします。なんとクリムゾンだけで138ページが費やされてる。当該部分の目次はこんな感じ。

第1章 キング・クリムゾン ロバート・フリップ「被害者の会」
1 90年代クリムゾン全史
2 フリップ翁とダリル・ホール
3 宮殿の中の懲りない面々(i)はじまりはジョン・ウェットン (ii)ごめんねデヴィッド・クロス (iii)さよならエイドリアン・ブリュー (iv)1993年10月のロバート・フリップ
4 もしもクリムゾン


第1章では、「尊師」ロバート・フリップの求道者としての一徹な姿勢と、この面倒くさい男を取り巻く面々について詳細に語られます。尊師に振り回され、ディスられ、翻弄されたミュージシャンたちの恨み節の数々。そして尊師その人がインタビューで語る、必要以上に婉曲的で意地悪で、終始上から目線な発言。

私もかつては、ミュージックライフとか音楽専科とかロッキングオンとか読んで事情通を気取ってましたけど、今さらながら、驚きと発見がいくつもありました。2件だけご紹介。

まず、尊師がデビッド・シルビアンをクリムゾンに誘ったが断られたという事実。デビシルと言えば、JAPANというバンドのリードボーカルとして、その美貌と根暗なムードで日本のネエちゃんを次々に失神させていたことで有名です。尊師とは「シルビアン&フリップ」名義で何枚かアルバム出してます。そのユニット活動の流れで、フリップはデビシルをクリムゾンに引きずり込もうとしていたらしい。でも、それはちょっと違うよねえ。思いとどまったデビシルは偉い。

そしてもうひとつは、驚いたというよりはガッカリなんですが、初期のクリムゾンの歌詞にまつわるエピソード。

これは引用しときましょう。
キング・クリムゾンを批評する際に必ず語られたのが、その特異な“文学性”だ。<コンフージョン・ウィル・ビー・マイ・エピタフ>やら<スターレス・アンド・バイブル・ブラック>といった優秀なフレーズを輩出し、聴いた者は<我々は常にカオスの中に在る、逃れることの決してできない袋小路の中にいる>という哲学的命題として捉えてきた。私はいまでもそのメッセージ性を肯定しているし、ずっと信用してきたのである。

もっと言えば、情緒性と文学性と衝動性が非常に高いレベルで調和している点こそが、クリムゾンがクリムゾンたるゆえんだ。しかしフリップは私に、「自分にとってのクリムゾンとは<エネルギー><激しさ><折衷性>、これが本質である。そしてバンドのアイデンティティーとは<目標の追求>である」と断言した。

あのー……文学性はどうですかね?

フリップ 詞は私自身が書くものではないからね。<スターレス〜>はディラン・トーマスからの借用だし、<コンフュージョン〜>はピート・シンフィールドだ。

市川(筆者) わかってます。でもそうしたフレーズを、我々プログレッシャーは哲学的命題として捉えてきちゃったんですよねぇ。

フリップ それは私には受け容れられない。そういう立場は僕がとっているのとは違うものだ。

(中略)
市川 あなたにとって実は<文学性>なんて、知ったこっちゃねえものなんでしょうか。

フリップ 私が歌詞にそれなりに気を配っているかということであれば、もちろんそれはしている。だがーー私自身が書くものではないからね。

30年以上遡って、夢をブチ壊されたような気分になりました。フリップ先生、そりゃないよ。あんたの頭の中には「哲学」って言葉はなかったんですかい? 「混乱こそ我が墓碑銘」って歌詞に無条件にシビレ、受験にはとうてい必要ない「epitaph」って単語をしっかり暗記していた少年時代のオレが憐れに思えてしょうがない。

学生の頃、私にとっての精神的アイドルは、キング・クリムゾンとスタンリー・キューブリックでした。キューブリックはどこを切っても「本物」だけど、フリップはそうじゃなかった。文学や哲学には興味ないんだって。

そんなわけでこの本では、ロバート・フリップは終始、「己のエゴ」を「バンドの建前」というオブラートで包んだ物言いをする、「かなり面倒臭い男」として語られていきます。でも、そこがプログレっぽいんだよね。いやあ面白い。

第2章 イエス たった紙一重の「理想と妄想」
5 <ABWH対90125イエス>戦記
6 <牢名主>クリス・スクワイアの生涯
7 ロジャー・ディーンの<地球幻想化計画>


イエスの章も最高に笑えますよ。ジョン・アンダーソンの能天気な感じ炸裂で。自分こそが「Yes」というバンドの化身と信じるジョンが、トレバー・ラヴィンの「シネマ」っていうバンドにちょろっとゲストで参加したら、いつの間にかバンドそのものを乗っ取っちゃってて、「90125」という大ヒットアルバムを「Yes」名義でリリースすることになった経緯とか。まあ、実際には仕組んだのはレーベルで、ジョン・アンダーソンはあくまでポジティブ思考な(だからバンド名がYes)夢見がちなオッサンでしかないっていうね。

いやー、ジョン・アンダーソンは全然憎めない。だけど、全然大人じゃなかったんだってことが痛いほどよく分かりました。

第3章 エマーソン・レイク&パーマー 「偏差値30」からのプログレ
8 キース・エマーソンは死なない
9 ELPのアートワークはなぜズバ抜けてダサいのかーーに関する考察


これも笑える章でした、引用。

さて山火事(スモーク・オン・ザ・ウォーター)や暴走族(ハイウェイ・スター)をなぜか唄っちゃうディープ・パープルも頭が相当悪かったが、実は我らのELPの偏差値もかなり低い。

そもそも<クラシックと融合すればアカデミックで新しいロックが生まれる>的な、プログレの前身ムーヴメントであるアート・ロック誕生の頃から流布する都市伝説を、懲りずに実践してるとこにまず低偏差値ぶりが露呈している。それは当時の日本人の価値観にも似たようなものなので、天に唾棄してもしょうがないのか。

ただしELPの場合は、大抵のプログレ系鍵盤奏者が大好きな浪漫派色が希薄な、バルトークにムソルグスキーにバッハにヤナーチェクにコープランドにヒナステラといったエマーソンっぽい選曲が、教養ありげに映ったのかもしれない。特にファンファーレやポリリズムなど勇壮な躍動感を感じさせる古典(クラシック)の楽曲を改作するという十八番の方法論が、なんとなく利口そうな雰囲気を醸し出して人々の誤解を誘ったような気がする。

なんとラッキーなバンドだろう。

引用終わり。書きっぷりは身も蓋もないんですが、確かに仰るとおり。「なんとなく利口そうな雰囲気」にまんまと騙されて、ELPのレコードを買いまくっていた自分が情けなくなりましたね。まあ、みんな買ってたけどさ。

第4章 ピンク・フロイド 積み上げた「壁」は誰のもの
10 私がピンク・フロイドである(パート1)
11 デイヴ・ギルモアは馬鹿だから偉い
12 ロジャー・ウォーターズの被害妄想は偉い
13 私がピンク・フロイドである(パート2)

ピンク・フロイドは「ザ・ウォール」以降、脱退したロジャー・ウォーターズと、残ったデビッド・ギルモアが泥沼の法廷闘争を繰り広げたことが、当時のファンには苦い思い出として記憶されています。

市川 どうぞやっちゃってください。
ウォーターズ そうかい? 僕は「ザ・ウォール」を自分の内面の最深層から、身を切るような想いで切り出してきて書いた。それを連中はまるで愉しいお芝居か何かのようにヒラヒラ演奏して、世界中を回ってるんだからな。

私も、ロンドンまでデビッド・ギルモアが主導権を握ったピンク・フロイドの、ワールドツアーを見に行ったクチです。そして何とこれが、光とサウンドの一大ページェントって代物で、オシッコちびりそうなほどに興奮したステージだったんですよ。だけど、身を切る思いで産んだ我が子(「ザ・ウォール」の楽曲)を、ツアーのハイライトに借用されたロジャー・ウォーターズは怒ってたんですよねえ。

でも、ライブは本当に凄かった。ロンドンで見たピンク・フロイドのステージは、私の人生において決して忘れられない経験です。

第5章 ジェネシス 永久不滅の「B級」味
14 私、<ピーガブ抜きジェネシス>の味方です
15 ピーターと玉葱
16 その名はハケット


ピーター・ガブリエルは、70年代中盤「幻惑のブロードウェイ」を最後にジェネシスを脱退しました。リード・ボーカルであり、精神的な支柱を失ったジェネシスはどうなっちゃうの?ってみんな思ったんですよ。当時。

結局、フィル・コリンズがボーカルになってジェネシスは続いていきます。ところが、この本によれば「検証してみると、ピーター・ガブリエルが詞を書いていない曲が意外と多い」という驚きの事実が。

だとするならば、そして残った四人の誰が一体「トリック・オブ・ザ・テイル」で再び、ジェネシスをプログレ色に染めたのだろうか。

自分一人で2曲、四人全員の共作で2曲、マイク・ラザフォードと一緒に2曲、スティーヴ・ハケットと一緒に1曲、フィルコリとも1曲ーーそう、収録8曲全てでイニシアティヴ執りまくりだった、トニー・バンクスっ。

金看板のピーガブでもフィルコリでもなく、実はバンクスこそがジェネシスそのものなのだ。良くも悪くも。

実は、ジェネシスの章が一番意外な内容でした。5大プログレバンドの中で、解散せずにもっとも長く継続しているのがジェネシスです。しかも、恐らくアメリカでもっとも成功したのもジェネシスです。それはフィル・コリンズがボーカルをやってた時代ですね。しかし、バンドのコアは、ピーガブでもフィルコリでもなく、キーボードのトニー・バンクスだったという事実には、当時全然気がつかなかった……。

ロックが今よりもはるかに巨大産業だった時代、その最先端にいた「進歩的=プログレッシブ」なバンドの実態が、赤裸々に暴かれていてこの本は実に楽しい。読み始めは、軽薄な文体がけっこうウザいと感じるのですが、だんだん慣れていくのと、そこで語られるエピソードが面白すぎて、文体などどうでもよくなるというね。

プログレにハマってた人にしかオススメしませんが、この5大バンドを聞いてた人なら、絶対に読んだ方がいい。最高に楽しい一冊です。

「あんたら、本当はそんなに頭良くなかったんだな」

「ロケンロール!」


0 件のコメント:

コメントを投稿