アカデミー賞授賞式が3月3日に迫ってきましたが、今年は、作品賞候補作品をすべて試写で鑑賞することができました。我ながら凄い達成感。今年の作品賞にノミネートされた9本は以下のとおりです。
「あなたを抱きしめる日まで」
「アメリカン・ハッスル」
「ウルフ・オブ・ウォールストリート」
「キャプテン・フィリップス」
「ゼロ・グラビティ」
「それでも夜は明ける」
「ダラス・バイヤーズ・クラブ」
「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」
「her 世界でひとつの彼女」
ノミネート作品の詳細はこちら。
第86回アカデミー賞特集(映画com)
個人的に、もっともオスカーを取って欲しいのは「ゼロ・グラビティ」。次点は「ウルフ・オブ・ウォールストリート」です。当ブログでもレビューしています。
今回はこの9本のうちからもう1本、「ネブラスカ」を紹介してみましょう。
この映画は、ある意味、奇跡のような映画です。US版のポスター見ると、ネブラスカ州のマッド・サイエンティストか何かの映画のようですね。
ストーリーラインはこうです。
モンタナ州のある爺さんのもとに、大金が当たったという手紙が届きます。「あなたに100万ドル受け取る権利が当たった。○月×日まで以下の場所に取りに来ないと当選は無効になる」と。今、私たちの元にも同様のSPAMメールが山ほど来ますよねえ。そんな釣りメールの古典的なバージョンです。「賞金を取りに行く」という爺さんに、妻や息子が「そんなのは情報商材屋の釣りメールで、うっかり個人情報を渡すと二束三文の商材を高値で買わされる羽目になる」とばかりに必死に翻意を促します。しかし爺さんは、「いや、当たったとここに書いてある。ワシは100万ドル受け取りにネブラスカまで行ってくる」と聞く耳を持ちません。
翌日、家を出て徒歩でネブラスカを目指す爺さんの姿を目撃し、息子は必死で家に連れ帰ります。しかし、翌日も同じ行動に出る父親の姿を見て、腹をくくります。爺さんは頑固で、こうと決めたら絶対にゆずりません。仕方なく、自らネブラスカへ連れて行く役割を買ってでたのです。
老人が主人公のロードムービーといえば、デビッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」あたりを思い出しますが、この映画は騙された(と思しき)爺さんの話。感動に涙する的な結末はあまり期待できません。
旅の途中、爺さんの生まれ故郷で、今も親類が暮らす町に立ち寄ります。最初は「よく来たな」「何十年ぶりだ。懐かしい」的な再会シーンが繰り広げられますが、そこで爺さんの100万ドル当たった話がもれ、親戚や幼なじみたちがタカリやユスリに豹変していきます。
そもそもインチキ臭プンプンの100万ドルを巡り、爺さんの立場はとっても面倒な状況になっていきます……。
どうですか? 面白そうだと思いますか?
私は、この映画がオスカー作品賞候補になっていなかったら、恐らく見ることはなかったと思います。
主人公は老人、他の登場人物もほとんどが老人。たまに出てくる若者は失業者ばかり……。人々はみすぼらしく、町は不景気で、美しいものが何ひとつ出てきません。しかも全編モノクローム。地味です、地味すぎます。誰がこんな映画を見たがるでしょうか? もしも私が映画会社の重役だったら、絶対にこんな企画には投資しません。回収できる見込みなんかないですもん。
冒頭で、「奇跡のような映画」と書きました。つまり、この映画は「作られたこと自体が奇跡」なのです。
監督は、アレクサンダー・ペイン。この監督の、本作と直近2作品のオスカーにおける実績を見てみましょう。
「サイドウェイ」(2005)
作品、監督、助演男優、助演女優、脚色の5部門ノミネート、脚色賞を受賞。
「ファミリー・ツリー」(2012)
作品、監督、主演男優、助演女優、脚色の5部門ノミネート、脚色賞を受賞。
そして今回の「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」
作品、監督、主演男優、助演女優、脚色、撮影の6部門ノミネート。授賞式はこれから。
以上3本貼りつけてみて鼻血が出そうになりました。恐るべしですよ、アレクサンダー・ペイン。オスカー請負人といってもいい。3作すべてにおいて、きれいに作品・監督・男優賞・女優賞・脚色賞のノミネートを並べています。何という凄腕。
この監督は、決して派手ではないけれど、磨くと光る原石(原作)を見つけてきては見事な脚本を仕上げ、出演俳優からはベストの演技を引き出して、オスカー・クオリティの作品に仕立て上げるというスキルの持ち主です。賞レースでパフォーマンスすることにより、目が肥えた映画ファンや批評家の高評を引き出して、それを興行の燃料に換えていくというもの凄い高等戦術。もう、錬金術師と言ってもいいレベル。このレベルまでいけば、スタジオも投資したくなると。
本編に戻ります。この老人ばかり登場するロードムービーには、決して大きなカタルシスはありません。だけどアレクサンダー・ペインがうまいのは、「果たして爺さんは100万ドル受け取れるの? 恐らく無理だよね。無理に決まってるよね……まさか本当に当たってた?」という観客の気分を計算ずくでストーリーを展開していくんです。
実に心に沁みる、決して悪くない後味を残してくれる映画です。いやいや恐れ入った。
だけど、これがDVDとかテレビとか飛行機での鑑賞だとしたら、私は冒頭10分、いや5分でチャンネルを変えていたことでしょう。オスカー候補作だと分かっていても。
IMDbによると、バジェットは1300万ドル。およそ13億円。北米の興収は、1365万ドル(2月2日時点)ということなので、現時点で製作費の回収はできていませんが、イタリアでの興行が好調なのと、これから日本でも公開されるので、まあそこら辺は今後の成績いかんですね。
日本版のポスターはこんなほのぼのした感じに。決して暗い内容ではないのですが、地味なトーンの映画なので、ハートウォーミングな味付けにして、多くの観客にリーチしようという作戦です。これは決して間違ってはいません。
劇場公開は3月1日から。熱心な映画ファンにはオススメです。
「あなたを抱きしめる日まで」
「アメリカン・ハッスル」
「ウルフ・オブ・ウォールストリート」
「キャプテン・フィリップス」
「ゼロ・グラビティ」
「それでも夜は明ける」
「ダラス・バイヤーズ・クラブ」
「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」
「her 世界でひとつの彼女」
ノミネート作品の詳細はこちら。
第86回アカデミー賞特集(映画com)
個人的に、もっともオスカーを取って欲しいのは「ゼロ・グラビティ」。次点は「ウルフ・オブ・ウォールストリート」です。当ブログでもレビューしています。
今回はこの9本のうちからもう1本、「ネブラスカ」を紹介してみましょう。
ストーリーラインはこうです。
モンタナ州のある爺さんのもとに、大金が当たったという手紙が届きます。「あなたに100万ドル受け取る権利が当たった。○月×日まで以下の場所に取りに来ないと当選は無効になる」と。今、私たちの元にも同様のSPAMメールが山ほど来ますよねえ。そんな釣りメールの古典的なバージョンです。「賞金を取りに行く」という爺さんに、妻や息子が「そんなのは情報商材屋の釣りメールで、うっかり個人情報を渡すと二束三文の商材を高値で買わされる羽目になる」とばかりに必死に翻意を促します。しかし爺さんは、「いや、当たったとここに書いてある。ワシは100万ドル受け取りにネブラスカまで行ってくる」と聞く耳を持ちません。
翌日、家を出て徒歩でネブラスカを目指す爺さんの姿を目撃し、息子は必死で家に連れ帰ります。しかし、翌日も同じ行動に出る父親の姿を見て、腹をくくります。爺さんは頑固で、こうと決めたら絶対にゆずりません。仕方なく、自らネブラスカへ連れて行く役割を買ってでたのです。
老人が主人公のロードムービーといえば、デビッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」あたりを思い出しますが、この映画は騙された(と思しき)爺さんの話。感動に涙する的な結末はあまり期待できません。
旅の途中、爺さんの生まれ故郷で、今も親類が暮らす町に立ち寄ります。最初は「よく来たな」「何十年ぶりだ。懐かしい」的な再会シーンが繰り広げられますが、そこで爺さんの100万ドル当たった話がもれ、親戚や幼なじみたちがタカリやユスリに豹変していきます。
そもそもインチキ臭プンプンの100万ドルを巡り、爺さんの立場はとっても面倒な状況になっていきます……。
どうですか? 面白そうだと思いますか?
私は、この映画がオスカー作品賞候補になっていなかったら、恐らく見ることはなかったと思います。
主人公は老人、他の登場人物もほとんどが老人。たまに出てくる若者は失業者ばかり……。人々はみすぼらしく、町は不景気で、美しいものが何ひとつ出てきません。しかも全編モノクローム。地味です、地味すぎます。誰がこんな映画を見たがるでしょうか? もしも私が映画会社の重役だったら、絶対にこんな企画には投資しません。回収できる見込みなんかないですもん。
冒頭で、「奇跡のような映画」と書きました。つまり、この映画は「作られたこと自体が奇跡」なのです。
監督は、アレクサンダー・ペイン。この監督の、本作と直近2作品のオスカーにおける実績を見てみましょう。
「サイドウェイ」(2005)
作品、監督、助演男優、助演女優、脚色の5部門ノミネート、脚色賞を受賞。
「ファミリー・ツリー」(2012)
作品、監督、主演男優、助演女優、脚色の5部門ノミネート、脚色賞を受賞。
そして今回の「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」
作品、監督、主演男優、助演女優、脚色、撮影の6部門ノミネート。授賞式はこれから。
以上3本貼りつけてみて鼻血が出そうになりました。恐るべしですよ、アレクサンダー・ペイン。オスカー請負人といってもいい。3作すべてにおいて、きれいに作品・監督・男優賞・女優賞・脚色賞のノミネートを並べています。何という凄腕。
この監督は、決して派手ではないけれど、磨くと光る原石(原作)を見つけてきては見事な脚本を仕上げ、出演俳優からはベストの演技を引き出して、オスカー・クオリティの作品に仕立て上げるというスキルの持ち主です。賞レースでパフォーマンスすることにより、目が肥えた映画ファンや批評家の高評を引き出して、それを興行の燃料に換えていくというもの凄い高等戦術。もう、錬金術師と言ってもいいレベル。このレベルまでいけば、スタジオも投資したくなると。
本編に戻ります。この老人ばかり登場するロードムービーには、決して大きなカタルシスはありません。だけどアレクサンダー・ペインがうまいのは、「果たして爺さんは100万ドル受け取れるの? 恐らく無理だよね。無理に決まってるよね……まさか本当に当たってた?」という観客の気分を計算ずくでストーリーを展開していくんです。
実に心に沁みる、決して悪くない後味を残してくれる映画です。いやいや恐れ入った。
だけど、これがDVDとかテレビとか飛行機での鑑賞だとしたら、私は冒頭10分、いや5分でチャンネルを変えていたことでしょう。オスカー候補作だと分かっていても。
IMDbによると、バジェットは1300万ドル。およそ13億円。北米の興収は、1365万ドル(2月2日時点)ということなので、現時点で製作費の回収はできていませんが、イタリアでの興行が好調なのと、これから日本でも公開されるので、まあそこら辺は今後の成績いかんですね。
劇場公開は3月1日から。熱心な映画ファンにはオススメです。
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