2014年4月14日月曜日

スティーブ・ジョブズの料理人

前回「英国一家、日本を食べる」という本の感想を書きました。

そのエントリで言及した大阪ダービーは2-2の引き分け。フォルランが2ゴールを挙げました。そして、翌日行われた我らがジェフ千葉のホームゲームは、湘南相手に0-6という屈辱的敗戦。OMG...どうにか気を取り直して、本エントリを書いています。

奇しくも、連チャンで和食関連の書物のご紹介。この本がまた、実に面白かった。

今回紹介するのは「ジョブズの料理人」という本。ちょっとあざといタイトルですよね。版元は日経BP社。


主人公は、スティーブ・ジョブズの専属料理人だったわけではなく、シリコンバレーで26年にわたって本格的な日本料理屋を経営していた板さん、佐久間俊雄。ジョブズは、その店の常連客として通っていたという関係。本書は、佐久間さん夫妻による回顧録です。

佐久間さんは福島県生まれ。中学を出て上京し、寿司屋で修行の道に入ります。知人に誘われ、79年にハワイに渡り板前に。そこで知り合った奥さんと82年にサンフランシスコへ移ります。85年には、シリコンバレーで「SUSHIYA」という自分の店をオープンします。

最初は四半世紀以上前の1985年に開いた「スシヤ(鮨家)」という屋号の寿司屋で、スタンフォード大学にほど近いパロアルト市の目抜き通り、ユニバーシティ・アベニューに面していた。シリコンバレーの一等地ではあったものの、間口はわずか3メートルと狭く、カウンター席と3つのテーブルだけしかないウナギの寝床のような細長い店だった。
この店が当たり、94年に高値で売却。ひとまわり大きな「TOSHI’S SUSHIYA」を新装オープンします。スティーブ・ジョブズも、アップルに復帰した97年以降、この店の常連のひとりになりました。

ジョブズは当初、お新香巻きやかっぱ巻き、梅しそ巻きなどの野菜系巻物しか食べませんでしたが、やがて生魚にも手を出すようになり、トロ5貫、サーモン5貫というように、好きなネタばかりを大人買いする傾向があったと書いてあります。

しかしこれは、決してジョブズが偏食だったことを言いたいわけではなく(実際、かなりの偏食だったみたいですが)、当時の北米西海岸での鮮魚の流通事情とも関係がありました。

80年代、アメリカ西海岸における日本料理といえば、寿司、天ぷら、照り焼き、すき焼きが四大定番メニューだったそうです。中でも人気があったのが天ぷらと照り焼きで、寿司はアペタイザー的な扱い。というのも、主要な寿司ネタは冷凍で、鮮度のいい白身魚は流通していなかった。

結局、店で使いやすいのはマグロとサーモンということになる。特に米国ではもともとサーモンを食べる習慣があり、価格も手ごろだった。日本ではサーモンが寿司ネタという意識はなかったが、旬になるといい具合に脂がのり、味も申し分なかった。現在でも、米国では寿司ネタの中でサーモンが人気一、二を争う人気を集めているのは、こうした事情に負うところが大きいようだ。
やはり冷凍ものだと寿司ネタとしては厳しくて、ジョブズも手をつけない。しかし、やがて日本から進出していった水産会社が全米各地を回り、寿司ネタとして使える魚が増えていったんだそうです。
東海岸の海流で身が引き締められたヒラメ、ボストンの甘エビ、カリフォルニアのウニに加え、アラスカからもカニやエビなどが入ってくるようになった。

ボストンのエビは富山沖の南蛮エビと似た食感で、甘くておいしい。カリフォルニアのウニは見た目も鮮やかで、トロリとした食感が魅力だ。
いいですねえ。先人の頑張りで、北米大陸でも徐々にまともな寿司が食べられるようになっていったんですねえ。

ところが90年代、ニューヨークにNOBU(ロバート・デ・ニーロらが経営)が開店すると、日本料理も転換期を迎えます。西海岸では、キャタピラーロール、カリフォルニアロールなど、韓国人や中国人、日系人による独創的な料理が発明されて大衆の人気を博し、TOSHI’S SUSHIYAも、その波に飲まれそうになってしまいます。

「なぜ(ファンシーロールが)できないんだ?」
「当店では伝統的な寿司をお出しするというポリシーで……」
「でも、客の欲しいというものを出すべきだろう」
そんな、間違ったスシブームに違和感を覚えた筆者は、「寿司以外の和食も知って欲しい」「天ぷらや寿司だけが和食ではない」との思いから、シリコンバレーに初の会席料理店「桂月」をオープンするのです。

ジョブズは、自邸のシェフを佐久間さんの店に通わせて、出汁の取り方を学ばせたり、ランチタイムを週一回貸切りにしたりと、この店に深くコミットしていきます。アップルの役員たちとのディナー会場になることもありました。アル・ゴアやエリック・シュミットらもこの店を訪れています。

IT企業のエグゼクティブから喝采を浴びる一方、多民族国家アメリカならではの試練もあります。

米国ならではの問題もあった。アレルギーと宗教だ。

(中略)。会席料理には生麩を使うことが多いが、グルテンが問題になるお客さまが意外にも多い。ナッツ、小麦などアレルギーの原因となる食材はどんどん増えている印象だった。こういう場合は、限られた仕入れの中で代替を考えなければならず、一苦労だった。

もうひとつの宗教はさらに複雑だった。シリコンバレーではインド系のお客さまが多く、ヒンズー教徒は牛肉を口にしない。イスラム教徒は豚肉が禁忌で、必ずしも宗教に起因するものではないが、ベジタリアンのお客さまもいる。

シリコンバレーではユダヤ教のお客さまも少なくないが、彼らはうろこがない魚を食べない。ウナギ、穴子、エビといった食材を出すことができず、ハモも使いたいがダメだ。カニを食材として使う際も通常なら本物のカニ肉を使う方が上等とされるが、ユダヤ教のお客さまには白身魚を原料とするカニ風味かまぼこの方が好都合だった。
実に面白い。昨年、ニューヨークに行った際に「Gluten Free」の表記はよく見かけたし、インドもイスラエルも行ったことがありますが、食事の制限が日本人からは信じられないほど細かくルール化されています。

ユダヤ教徒、イスラム教徒、ヒンズー教徒、ベジタリアン、ノングルテン、etc。そんな人種のるつぼで会席料理だなんて、ハードル高すぎです。カニがNGでカニカマがOKだなんて、素敵すぎるよユダヤ人(ユダヤ教徒は、海底に生息する生物は食べないんですよね。貝とか海老もNGなんですよ。なんてプライドの高い人たち)!

ジョブズは、家族以外では、ジョナサン・アイブと一緒に来ることが多かったそうです。2011年の10月5日にジョブズは亡くなり、2日後の10月7日に、桂月は閉店しています。


Yelpで調べてみると、閉店から2年半たった今も、この「桂月(Kaygetsu)」の情報は載っています。ユーザーの★評価は5つ星がほとんど。愛されていた店だということが分かります。




Kindle版もあります。冒頭にもちょっと書きましたが、「ジョブズの料理人」というタイトルはちょっとあざといんです。だけど、北米における和食の普及の歴史を知る意味において、非常に有意義な一冊であることは間違いありません。これを読んでおけば、アメリカに旅行して日本食が食べたくなった時など、オーダーで失敗しなくなると思いますよ。

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