カンヌ映画祭に初めて参加して気づいたことには、このイベントは、カンヌ市内に点在する30以上のスクリーニングルームで、毎日200回以上のスクリーニング(上映)が行われるという、いささか気が狂ったような催しだってことです。「映画祭」なんだから、色んなところで色んな映画が上映されてるのは当たり前ですけど、それにしても12日間でのべ2000回以上の上映が行われるなんて常軌を逸しています。
これは、オランピアという映画館。9スクリーンあって、一般の興行と映画祭の上映が両方行われています。
上映には、非常に大ざっぱに分けて2種類あります。監督やキャストが登壇し、招待客やプレス向けに行われる「公式上映」と、マーケット(マルシェ)に映画を買い付けにきたバイヤー向けの「マルシェ上映」です。要するに、映画を「買わない人向け」と「買う人向け」。私たちは「買う人向け」のマルシェ上映を中心に、スクリーニングルームをハシゴするように見ていきます。
朝イチの上映は8時30分からで、最終は22時30分スタート。時には深夜24時30分スタートの上映もあります。
バイヤーの人たちは、毎日4〜5本、多い人で7〜8本の映画を見ます。といっても、本編を全部通して見るわけではなく、「つまらない」あるいは「商売にならない」と見切った時点で席を立って、次のスクリーニングに向かいます。
だから、常に通路に近い席に座る。上映が始まって、5分で出る人もいます。退場者が続出すると、何か場内が殺伐とした雰囲気になります。「退場者が多い=売れない作品」でほぼ間違いない。
そして、上映される映画は、もちろんヨーロッパ映画が中心。ダークな色調、あるいはダークな内容のものがやたら多い。例えば、シリア難民が流入しすぎて社会問題になっているのがテーマの映画がたくさんあります。LGBTものもかなり多い。
パルムドールを取った「The Square」という映画も見ましたが、個人的には「ヘンな映画だなぁ」という感想しかありません。監督の才気がにじみ出るキラーショットはいくつかあるけど、まとまりに欠ける軽量級作品という感じ。パルムドールとは驚きでした。
逆に、重い話なのに忘れがたい凄い映画もありました。「Loveless」という映画です。「裁かれるは善人のみ」のアンドレイ・スビャギンツェフ(←なんて覚えにくい名前)監督の新作で、完全に結婚生活が破たんしている夫婦の家から、ひとり息子の12歳の少年が行方不明になる話です。
冒頭、カメラは固定アングルで、沼を映しています。何の変哲もない沼を。沼の周囲の木々には雪が積もっています。冬景です。この沼の画が、角度を変えて3カットも4カットも続くんですわ。「これ、どこの沼だよ。この沼、世界遺産かなにかかよ?」って突っ込みたくなるぐらい延々と。
途中のストーリーは一切省きますが、主人公の夫婦に、観客はまったく共感できません。夫婦の間に愛はなく、お互いに不倫関係の相手がいて、しかも自分たちの子どもすら疎んじている始末。「感じられるは不愉快のみ」。
そんな展開の末、なんと映画のラストシーンで、冒頭の冬景の沼が再び登場するんですね。「ピンピンピンピンピン……」というピアノの高音とともに。
私は思わず「ぐおおお」と呻いてしまいました。イライラしながら鑑賞していた観客は、最後の最後、沼のカットに到って、この辛いストーリーの結末を知るというもの凄い仕掛けでした。辛いけど大きなカタルシス。遠大なループ構造。ちょっと感動したな。審査員賞ゲットだそうです。さすが。
そんなこんなで、参加初日から4日間で14〜15本の暗い映画を見た私は、身体も頭もヘロヘロです。
朝っぱらから映画を見る。暗い。重い。
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映画館を出ると南仏の最高の青空。何だこのギャップ。
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次の映画がまた暗くて重くて辛い。
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青空の下、白ワイン飲みながら美味しいランチ。ひゃっは〜。
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午後の映画もまた暗くてヘンでワケわかんない。
これ、何かの修行ですね。カンヌ映画祭の神髄がだんだん分かって来ました。
自身の体力とメンタルについて熟考の結果、5日目はオフにして、ひとりでモナコに遊びに行くことにします。
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