アメリカのヤフーがなにやらキナ臭い事態になってきています。2016年1月20日のAsahi.comの見出しがなかなか扇情的です。
米ヤフー、窮地 事業売却・CEO退任…株主が要求
ヤフーと言えば、何といってもIT業界のパイオニアにしてビッグ・プレイヤーです。確かに最近は、2013年のTumblr買収以降大したトピックもない印象です。株価もパッとしません。
いったい、ヤフーに何が起きているのか? ちょっと気になったので、美人CEOのマリッサ・メイヤーがにっこり笑う姿が表紙になっている「マリッサ・メイヤーとヤフーの闘争」という本を読んでみました。
そしたらもう、面白いのなんの! 私も20年近くIT業界の周辺で仕事してますが、米ヤフーが立ち上がった94年頃は、ニフティやAOLのフォーラムで遊んでいました。96年のヤフー・ジャパン設立と、その後のITバブルははっきり覚えています。その後、AmazonとかGoogleとかYouTubeとか、FacebookとかTwitterとかmixiとか(笑)、その後重要なプレイヤーになるスタートアップの誕生も見てきています。
そこら辺を知っている者としては、もうこの本読んで開いた口がふさがりません。実に壮絶なヤフーの黒歴史。
例えば、時は2006年。当時のヤフーのCEOはテリー・セメル。ワーナー・ブラザースの元CEOで、「バットマン」や「リーサル・ウェポン」など数々のメガヒット作をものにしてきた人物です。彼は、創業2年目のFacebookを買いに行きます。まだ、MySpaceがハバをきかせていた頃です。
ヤフー側の取締役会は、MAX12億ドルまで出していいと、このM&Aを承認。しかし、ザッカーバーグは売りたくない。Facebookはまだまだ自分の手で成長させられると思っていたからです。しかし、Facebook側の取締役会は「ヤフーが10億ドル以上を提示したら必ずYESと言うこと」とザッカーバーグに通達します。
セメルがザッカーバーグをヤフーのキャンパスに呼んで、交渉が始まりました。
「君が望んだ10億ドルを出すわけにはいかない。8億5000万ドルで手を打とう」
セメルは、下交渉でザッカーバーグと10億ドルで握っていたにも関わらず、土壇場で15%値切ろうとしたのです。以下引用。
「ザッカーバーグはじっと黙っている。部屋の雰囲気は最悪だ。30分もたたぬうちにザッカーバーグはヤフーのキャンパスを後にした。
フェイスブックの本社に戻ったザッカーバーグは、彼の共同創業者でありハーバード大学時代からの仲間でもあるダスティン・モスコービッツのもとに向かい、顔を合わせるやいなやガッツポーズをして喜んだ。10億ドルが提示された場合、必ず売却に同意すると、ザッカーバーグは取締役会に約束していた。しかし、提示額が10億を下回った。フェイスブックを手放す必要はない」
「その1年後、Facebookはマイクロソフトから150億ドルの評価を受ける。2011年、ウェブ広告市場におけるフェイスブックのシェアはヤフーのそれを超えた。2014年、フェイスブックの時価総額は1900億ドルに達した。一方のヤフーは350億ドルだ」
やってくれますね、テリー・セメル。本書には「彼はEメールも満足に使えなかった」と書いてあります。なんでそんな爺さんがCEOに? 当時、ザッカーバーグ22歳、セメル63歳。「こんな若造に10億ドルもくれてやるなんて屈辱的だ」と思ったかもしれませんね。
ヤフーが買い損ねたのは、Facebookだけではありません。
「セメルの時代に買収が成功せずに、のちに巨大企業に成長したスタートアップはフェイスブックだけではない。ビジネス向けSNSのリンクトイン(Linkedin)やツイッター(Twitter)にも目をつけたが、この2企業とも、2014年の時点で250億ドルの大企業になっている。ユーチューブ(YouTube)を手に入れるチャンスも、ヤフーにはあった。ユーチューブの共同創業者は、2006年に身売りを検討していただけでなく、テリー・セメルがハリウッドと繋がりがあることからグーグルよりもヤフーの方が売却相手として適していると見なしていた。乗り気でないヤフーを尻目に、結局ユーチューブはグーグルに買収される道を選んだ。買収額は16.5億ドル」
信じられません。YouTubeもTwitterもLinkedInも買い損ねたんです。しかもセメルは、Google買収のチャンスも逃しているんです。世界有数のIT企業が、IT音痴に経営を任せてはいけません。
買い物がイケてないだけじゃない。ヤフーは、買ってもらう機会も逸してしまいます。2008年、マイクロソフトのマイケル・バルマーがヤフー買収を試みます。
「11月中旬、ヤフーの株価は10ドルを切った。(当時のCEO)ジェリー・ヤンは、マイクロソフトがヤフーを過小評価しているとして、450億ドルのオファーを蹴った。そして今、ヤフーの株価は140億ドルでしかない。かつて、これほどの短期間で、これほどの読み違いをし、これほどの痛手を受けた人物がいただろうか?」
この本の中には、ソフトバンクCEOの孫正義が何度も登場します。これがまた面白い。以下引用。
「マーはアリババに託すビジョンについて話した。話し終わると、マサは古い大きな電卓を取り出した。いくつかの数字を入力して言った。『会社の40パーセントに相当する3000万ドルを出資しましょう』
マーは率直に答えた。『でも、それは多すぎます。マサ』
『じゃ、これで』。マサはわずかに額を下げた。それでもまだ高すぎる。
マーが落ち着きをなくしていることに、ツァイは気づいた。ゴールドマン・サックスの男にさっき言われた言葉を思い出す。打ちのめされるな!
ツァイが口をはさんだ。『マサ、そんなオファーなら、もって帰って取締役たちと相談する必要もありません。私とジャックの二人の判断で、お断りするしかないでしょう』
マサはじっとしている。彼の両脇のスーツ連中はあぜんとしていた。孫正義にそんな口のきき方をする者はいない。
マサは言った。『そうですか。わかりました』そして電卓に顔を向ける。
『会社の三分の一、2000万ドルでどうでしょう?』
交渉は成立した。詳細は12月に取り決められ、翌年2000年の1月に支払いが行われた」
孫正義の登場シーン、もうひとつ貼っておきましょう。
「しばらくたったある日、東京への出張を終えたマーは帰国するために空港に向かっていた。そこに孫正義から電話がかかる。
『ジャック、今どこにいる?』
『いや、じつは……東京にいるんだ。顔を見せなくて、ごめん。急ぎの用事で来ていただけで、今はもう空港に向かっているんだ』
『キャンセルしろ。話したいことがある』
マーは運転手に、Uターンするように頼んだ。
巨大なオフィスのなか、ソフトバンクのCEOはアイディアがあるとマーに言った。アリババは消費者間電子商取引に参入すべきだ。中国のイーベイになれ。ヤフーとのジョイントベンチャー、つまりヤフー・ジャパンがこの種のビジネスを始めたところ、会社の営業利益の60パーセントを集めるまでの存在になった。
マーは答えた。『まったく同じことを考えていたんだ!』
2人は興奮した」
「2003年、消費者間商取引サイト『タオバオ』がオープンした。好調なスタートを切った。2004年の後半には、イーベイの幹部3人が杭州へやってきた。資金提供と引き替えに、提携関係を結ぶためだ」
ちなみに、2016年1月22日時点で、ソフトバンクの時価総額は5兆458億円、保有するアリババ株の時価総額は6兆4070億円だそうです。
実はこの本の中で、マリッサ・メイヤーに関するパートはそれほど多くありません。いや、そこそこボリュームはあるけど、あんまり重要じゃないと言った方がいい。彼女についての記述で、一番面白かったのはこれ。
「メイヤーの冷たさをより際立たせていたもう一つの要素は、彼女の遅刻癖だ。いつも遅れて来る」
「しかし、メイヤーは必ずと言っていほど遅れてくる。少なくとも45分。開始が大幅に遅れて、ヨーロッパの幹部が午前三時を過ぎても回線を切れないこともあった」
ヒドい遅刻魔なんですねえ……。
ところで、アメリカのヤフーと日本のヤフーって、ロゴが違うって知ってました?
これがアメリカのもの。2013年にこれを作ったのがメリッサです。
日本のはこれ。創業以来変わってません。ヨーロッパや南米のヤフーはアメリカのと同じロゴにならっています。というか、世界中でロゴもページも同じUI。しかし、日本だけは昔のロゴのままなんですね。
日本のヤフーには、経営上これといって大きな問題はないですから、調子の悪いアメリカ版にならって変更する必要はないってことですよね。
冒頭に示したとおり、本日現在、ヤフーの株価は29.31ドル。時価総額は276.8億ドル。約3兆2000億円ですね。しかしその価値の大半は、アリババとヤフー・ジャパンの株式です。中核となるメディア事業の価値は、その10分の1以下と評価されています。
いずれにせよ、ITプレイヤーとしての旬の時期はすぎてしまったヤフー。この先、いったいどこへ向かうのでしょうか?
それにしてもこの本、あまりに面白かったので、誰か映画化してくれないかなと思った次第。
Photo credit: World Economic Forum via VisualHunt / CC BY-NC-SA
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